▼ 09
そういえば、と言葉を続ける彼。
「電車の中での守山先輩…すごい剣幕でしたね」
「あ、あぁ…うん。あれはちょっと、俺もびっくりした」
いつもはへらへらと締まりのない顔で笑っているだけのひかるが、まるで別人のようだった。
鋭い目には明らかに怒りが滲んでいて、声色もひどく冷たくて。殺すなんて物騒な言葉を吐いていたような気もする。
「俺は聡太郎のためなら殺人犯にだってなれるよ、だそうです」
「…ひかるがそう言ったのか」
「はい」
馬鹿。なにが殺人犯だ。そんなことしてこっちが喜ぶと思ってるのか。
「勝てっこないです、あんな人に」
「え?」
「村上先輩がどうして彼を好きなのか…分かったような気がします」
「そ、れは具体的にどういう…」
「忠犬みたいですよね」
思わず吹き出した。忠犬…確かに。うん、そう、忠犬か。
ひかるの顔を思い浮かべて笑っていると、野見山くんは突然深く頭を下げた。
「俺、近くにいたのに。気づけなくてすみません」
「いや野見山くんのせいじゃないから。気に病む必要なんてないよ」
「ああいうことよくあるんですか。あ、言いたくなかったらいいんですけど」
「…たまに。中学のときはもっとひどかったけど」
「それでそんな恰好した上に、守山先輩と毎日仲良く電車に乗ってるわけですね」
「うん、まぁ、うん…仲良くっていうか…うん」
っていうかどうして俺が毎日ひかると電車に乗ってることを知ってるんだ。
疑問が顔に出てしまったらしい。彼が笑う。
「ずっと見てました、って言ったでしょう」
「野見山く…」
「恋人にはなれなかったけど、後輩としては仲良くしてくれますか?」
そんなの、決まってる。
「うん。ありがとう」
好きになってくれて、ありがとう。気持ちを返せなくてごめん。
どうして彼では駄目なのか。どうして他の人じゃ駄目なのか。
自分でもよく分からない。でも、俺の隣を歩いていいのは、たった一人だけなんだ。
*
「そうたろぉぉぉぉ!どこ行ってたの!超探したんだから!」
教室に戻った途端、凄い勢いで飛びつかれた。おいやめろ皆見てる。
「…違う男の匂いがする」
「気のせいだろ」
まさか本当に犬になるつもりかお前。
「気のせいじゃない!これは…クソ野見山の匂いだ!」
「クソって…そんなこと言うなよ」
「なんでかばうの!?」
「別にかばってない」
「そーちゃんの浮気者ぉぉぉっ!」
えー浮気者ってなに?また村上と話してるよ守山くん。本当なんであんなモッサい奴にかまうんだろ。
そんなひそひそ声が聞こえてくる。…ほら見ろお前が騒ぐから。
「退いて。邪魔」
「ひっ、ひどい」
「学校では構うなっていつも言ってる」
「だって」
「だってじゃない」
口から溜息が零れた。黙っていれば、その…かっこいい、のに、なんでこう…自分で自分の格を下げてしまうようなことをするんだ。
まぁ、でも。
「…あとで、いっぱい、いちゃいちゃしていいから」
「!!」
「今は大人しくしろ。分かった?」
「分かった!超分かった!俺大人しくするよ聡太郎!」
そんなひかるだから、こんなにも愛しい。
なぁひかる。こんなこと言ったら、お前は笑うかもしれない。答えなんか分かりきってるでしょって、呆れるかもしれない。
それでも構わない。だからどうか、何度だって聞かせてよ。
俺はひかるのことが好きだけど、お前はどうなの?
end?
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