▼ 05
何度も何度も経験したことのある悪寒。
こうして地味な格好をしているはずなのに、たまに物好きな輩が身体をまさぐってくることがあった。
…今、まさにその状況だ。
「祭りと言えば、やっぱりリンゴ飴ですよね」
「っうん、そうだね」
怖い。でも気づかれたくない。必死に歯を食いしばって耐える。
ゆっくりと尻を撫でまわす手。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。自然とつり革を掴む指に力がこもった。
「ん…」
「先輩?」
「あ、いや、ちょっと冷房が寒くて」
「確かにちょっと強めかも…大丈夫ですか」
「もうすぐ降りる駅だから平気」
声を出そうとしないこちらに安心したのか、どんどんとエスカレートしてくる行為。ズボンのチャックに手がかけられて、汗が噴き出す。
…嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。もうやめてくれ。なんで、なんでこんなこと。
俺は男だ。女の子みたいに柔らかくもないし、骨ばった硬い身体しか持ってない。触ったって楽しくないだろ。
ファスナーを下げて、侵入してくる指先。
下着の上からいきなり性器を撫でられ、悲鳴が零れた。
「ひっ…」
ガクガクと小刻みに身体が震えだす。恐怖に頭の中を支配される。
怖い、怖い怖いコワイ。
―ひかる。ひかるひかるひかるひかる、いやだよ。きもちわるい。こわい。たすけて。
脳裏にひかるの顔が浮かんだその瞬間。
「殺してやろうか、おっさん」
ガン、と鈍い音が響いた。車内中の視線がこちらに集まる。
「ドアが開いたら、ここから突き落としてやるよ」
涙でぼやける視界の中でもはっきり分かった。
「ひか、る」
一人の男をドアに押し付けて凄む、背の高い茶髪頭。間違いなくそれは。
「殺されても文句言えねぇだろ?そんだけのことしたんだからさぁ」
「…っ」
「本当、死ねよ」
普段の明るい声とは違う、別人みたいな声。本当に相手を殺してしまいそうなその勢いに、慌てて腕を掴んだ。
「も、いいから…」
「聡太郎は黙ってて」
「ひかる!」
「っ」
少し大きな声を出すと、ひかるは驚いたようにこちらを見て…舌打ちをしながら手を離す。
そのとき丁度いいタイミングで降車駅に到着した。彼の腕を掴んだまますぐに降りる。
「聡太郎、ちょっと」
「…」
「聡太郎!」
ぐいぐいと手を引き、改札口を抜け、駅の小さなトイレに連れ込んだ。幸いなことに人気はない。
「聡太郎…」
ひかるが俺の名前を呼ぶ。途端にぶわっと涙が溢れてきた。
「ひか…っ、ひか、る…!」
来てくれた。ひかるが、来てくれた。
その身体に抱き着いて、わんわん子供のように泣きわめく。みっともないことは分かっていたが、もう無理だった。
「ん、ん…うぐっ、ひ…っ」
「ごめん。遅かったよね。もっと早く気が付いてれば良かった」
「ちが、ちがうっ」
違うよ。これは怖くて泣いてるんじゃない。安心して泣いてるんだ。
「おれ、おれ、ひかるに、ひどいこと言ったのに…っ」
「んーん。もう気にしてないよ」
なんでお前はそんなに優しいんだよ。普通なら怒ってもう知らないって全部投げ出してもおかしくないのに。
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