▼ 04
「先輩?」
顔を覗き込まれて、はっと我に返った。野見山くんのきりっとした眉が、少し下がる。
「考えごと、ですか?」
「あ、いや…ごめん」
何の話だっけ。失礼なことをしてしまった。
「あの、俺ずっと聞きたかったんですけど」
「なに?」
「なんで先輩は、そんなダサい格好してるんですか?」
「…あー…」
分厚いメガネに、わざとぐしゃぐしゃにさせた髪。地味な紺色のカーディガン。
自分でも暗いな、と思う外見。現にクラスの一部の女子からは不気味がられている。
「そんなに可愛い顔してるんだから、もっとお洒落すればいいのに」
これは痴漢対策です、なんて口が裂けても言えない。そういえば、俺にこの格好を提案したのはひかるだったっけ。
『うん、これでよし。あとはこの眼鏡をかければ…完成』
『…眼鏡めっちゃ重いんだけど』
『度は入ってないから、慣れれば大丈夫だよ』
『あと前髪鬱陶しい』
『我慢して!聡太郎を守るためなんだから!』
『本当にこんなんで痴漢にあわなくなるのか…』
『少なくとも前よりはずっとマシになると思う。それに、』
『それに?』
『これで…聡太郎のこの可愛いお顔を知ってるのは、俺だけだね』
『…ばかか』
『んふふ!』
…ほんと、馬鹿。
「えぇと、俺めちゃくちゃ視力悪いから…こんなに分厚いメガネなのに、服装だけお洒落しても浮くし」
「ふうん…そんなことないと思いますけど」
あぁどうしよう、俺。
今、めちゃくちゃひかるに会いたい。
「あの、野見山くん…俺ちょっと用事があって、今日は帰んなきゃいけない」
「そうなんですか?じゃあ途中まで電車一緒しても…」
「うん。いいよ」
早く帰って、そんでひかるに会いに行こう。
ごめん。俺も好きだよって、ちゃんと目を見て伝えたい。
じゃないともう、寂しくて死んじゃいそうだ。
*
「混んでますね。大丈夫ですか」
「ん、へーき」
電車の中は珍しく混雑していた。普通ならこの時間帯は空いているはずなんだけど。
仕方なくドア付近のつり革を握って立つ。なんだってこんなぎゅうぎゅう詰められねばならないんだ。
「あー、そうだ。今日あれですよ。お祭りあるんですよ」
「お祭り?」
「ほら、浴衣の人とかちらほらいるし」
「本当だ」
野見山くんが視線を向けた先には、確かに浴衣をきた女の子のグループがいた。成程、それでこんなに混んでいるのか。
確かに通勤ラッシュ時とは違い、若者の人数が多い気がする。
「花火もあがるらしいですよ」
「へぇ。結構規模の大きい祭りなんだ」
「そうみたいですね。俺は行ったことないですけど」
花火か。いよいよ夏に近づいているんだな。夏休みにはまだほど遠いが、確かに気温は少しずつ高くなり始めている。
彼と軽く会話を交わしつつ、その浴衣の集団を眺めていると…ふと、嫌な感触がした。
「…っ」
…ちょっと待て。まさか。
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