▼ 03
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言い方を間違ってしまった、ということにはすぐに気が付いた。
くだらない、なんて心にもないことを口にした。
聡太郎のばか!と泣いていたひかるを思い出す。いつもキラキラと輝くような笑顔を浮かべているその顔が、涙でぐっしゃぐしゃだった。
…だって。
普段二人でいるときにも中々言えないその言葉を、他の人の前で言えるはず、ないだろ。
好きだよ。たったその一言が俺にとってどれだけ重いものか、あいつはきっと分かっていないのだ。
「はー…」
無意識のうちに溜息を吐くと、目の前に座っていた佐藤さんが不思議そうに目を瞬かせた。
「村上くん、最近元気ないね」
「…そう?」
「守山くんと一緒にいるとこも見ないし…喧嘩でもした?」
「喧嘩っていうか…」
喧嘩、なんだろうか。これは。
「守山くんの方も空元気だし」
「…」
そういえば佐藤さんは…まだ、ひかるのことが好きなのかな。そんな疑問を抱きつつちらりと視線を上げると、彼女は大袈裟に椅子から立ち上がる。
「ちっ、ちがうよ!?守山くんのこと見てるとかそういうことじゃないよ!?」
見てるんだ。
「なんかさ、守山くんって…人を惹きつけるような魅力があるっていうの?ついついあの人懐っこい笑顔を目で追っちゃうっていうか…」
「うん…分かる」
分かるよ。
一緒にいるだけで嬉しくて、あったかくて、心地がいい。まるで太陽みたいだと思う。
だから、あいつの回りには自然と人が集まってくる。
「早く仲直りしちゃいなよ。長引くと余計にこじれるし」
「うん。ありがとう」
とはいえ、仲直りってどうすればいいんだ。
くだらないなんて言ってごめん。俺もひかるのことが好きだ。…いや、無理。本人を目の前にしてこんな風に素直になれる気がしない。
あぁもう。サ行とカ行、たった二文字、たった二つの音を発音すればいいだけじゃないか。それだけのことにどうしてここまで抵抗が…。
「村上先輩っ」
唸りながら考えこんでいるところに、さらなる悩みの種が飛び込んできた。
「野見山くん」
「一緒に帰りませんか?」
「あ…俺、」
学級委員の仕事があるから、と断ろうとする。
「私残りの仕事やっておくから、帰ってもいいよ」
…佐藤さん。こんなときに気を遣わなくてもいいのに。
「じゃ、じゃあ…ごめん。お願いします」
「うん。気を付けて」
仕方なく立ち上がって、教室の入り口でにこにこ笑う彼のもとに向かう。
このところ、俺の隣にはひかるじゃない別の誰かがいる。
朝の電車だって…二人とも同じ時間のものに乗っているとはいえ、以前のように向かい合って立つこともない。離れた場所でちらりとその明るい茶髪が見えるだけだ。
「先輩、今日どっかおやつでも食べて帰りませんか」
「うん」
「何がいいですかね?あっ、クレープとか好きですか」
「うん」
さびしい、なんて、どの口が。
傷つけたのはこちらの方なのに、謝ろうともしていないくせに、身勝手にも程がある。
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