▼ マイボーイ
「お帰りなさい」
家に帰ると彼がいた。疲れきった身体の奥に、じんわりと温かいものが広がっていくのが分かる。
律君、と名前を呼ぶと、笑顔が返ってきた。相も変わらず可憐で美しい。
「はぁ…」
「亮一さん?」
ぎゅうっと彼の身体を抱きしめ、その感触を味わう。何だかいい匂いがした。
「研究室に泊まり込みでしたよね。お疲れ様です」
「あぁ」
彼の肩口に頭を埋め、甘えるように擦り寄ろうとして…やめた。お風呂に入っていないことを思い出したのだ。
ぱっと身体を離す俺を、不思議そうな彼の瞳が覗きこんでくる。
「どうしたんですか?」
「お風呂入ってくる。このままじゃ汚くて君に触れない」
「別に気にしませんよ」
「俺は気にする」
あ、そうだ。
「一緒に入りたい」
「へ」
「昨日会えなかった分甘えたい。疲れを癒してもらいたい。片時も離れていたくない。…駄目か?」
「だめ…ってことは、ないですけど」
「じゃあ、入ろう」
少し微笑んで、その顔を見つめる。最近気づいたが律君は俺のこの表情に弱いらしい。大体の確率で言うことを聞いてくれる。
「…は、はい」
ほらな。
*
「かゆいとこはないですか」
「ない」
「痛くないですか」
「大丈夫」
彼の細い指が髪を撫でていく。シャンプーをしてあげますね、と珍しく積極的だったので喜んでお願いした。
「結構伸びましたね、髪の毛」
「そろそろ切りに行かなきゃなあ」
「短くするんですか?」
「律君はどっちがいい?」
「んん…亮一さんはもとがいいから、なんでも似合うと思いますよ」
「そんなことないけど」
「本当に自分の外見に無頓着ですよね…」
「律君は俺の外見が好きか?」
後ろを振り返りながら尋ねると、律君は赤くなって視線を逸らす。
「まぁ…好きなのは外見だけじゃないですけど」
「例えば?他はどこ?」
「…言いません」
「なんでだ!」
「恥ずかしいからです!」
「俺は何個でも言えるのに」
「貴方と一緒にしないでください!」
怒りながらも手付きは繊細なまま。あっという間に洗髪が終わる。
「ありがとう。さっぱりした」
「それは良かったです」
「湯に入るか」
「そうですね」
二人一緒に湯船に浸かれば、大量のお湯が溢れ出していった。やはり男二人は体積が大きい。
律君は白い肌をほんのりピンク色に染め、俺の脚の間でふんふんと鼻歌を歌っている。ただもうひたすらに可愛らしい。
「可愛いな」
「…だから、それ嬉しくないって何度も言ったじゃないですか」
「可愛いんだから仕方ないだろ」
「僕は男なのに…」
「ちゃんとかっこいいとも思ってるぞ」
情事のときに見せる男の顔とかな。普段純粋で性的なイメージとはかけ離れた彼が、いやらしい吐息を漏らし、乱れる俺を見て舌なめずりをする。たまらない。
…思い出したらなんだかそんな気分になってきた。
「律君」
「はい」
「キスして」
「へっ、い、今ですか」
「今」
後ろから彼の身体を抱きしめ、耳元で囁く。ただでさえ色づいていた肌がもっと赤くなった。
「なぁ…」
「ひゃうぅっ」
耳たぶを食み、軽く歯を立てる。可愛らしい声が浴室に反響した。律君はぷるぷる震えている。うむ。これはもうひと押しだな。
「…駄目か?」
「…分かりましたよう…とりあえず離してください」
ふふふ。かかった。
にやけそうになるのをこらえ、言われたとおりに腕を離す。彼がくるりと体ごと振り返り、浴槽の中で向き合うように座った。
「目、閉じてください」
「うん」
しばらくして、唇に柔らかい感触。
くっついたかと思えば離れて、を繰り返す。物足りなくなって舌で唇をノックすると、彼が少し笑って口を開いてくれた。
「んぁ、あ、ん、ん…んぅ」
滑り込ませた舌で、彼の口内を犯す。いやらしく互いの舌を絡め合いながら、唾液を交換した。くちゅくちゅと卑猥な音がする。
どれくらい時間か経ったのか分からないが、夢中になって求めていると、律君が俺の胸をぐっと押した。少し唇を離す。
「はぁ、ふ、ん、あ、はぁ、りょ、いちさ、くるし、はぁ」
「ん、ごめん、あ、んん…じゃあ、律くん、が、して…んっ」
間を置かずにまた口付け。今度は彼が舌を突っ込んでくる。
「あ、んっ…ん、ふぅ、ん、ん」
甘えたように鼻にかかった声を出すと、律君はさらに興奮したようだった。俺の顔を両手で包み込み、少しの隙間も許さないとばかりに密着してくる。
「んぐっん、ん、んん、んっ!!」
軽く舌を吸われ、ゾクゾクと背筋に快感が走った。彼はどんどんキスが上手くなる。これからもっと上手になったらどうしようか。俺はもう骨抜きにされてしまうかもしれない。
「んっふぅ、は、ぁぁんっ!ん、んっ!」
あぁ、もう、駄目だ。疼いて疼いて仕方がない。もっと欲しい。
彼の腰に脚を巻き付け、完全に勃ってしまったモノを擦り付ける。ばしゃばしゃとお湯が激しく揺れた。
「ぷは…っこら、駄目ですよ勝手に腰動かしちゃ」
「だって…ん、律君があんなキスするから…」
「…気持ちよかった?」
「あぁ、すごく」
ぱっと花が咲いたかのような笑顔を向けられる。
「やった」
「やった?」
「僕はキスが下手でしょう?このままじゃ男が廃りますからね!今ちょっと頑張ってみたんです」
「別に下手と思ったことはないが」
「下手ですよう!亮一さんはめちゃくちゃ上手じゃないですか!」
「そうか?」
あまり意識したことはない。ただ自分の欲望に従っているだけなんだが。
そもそも好きな人とするキスは、無条件に気持ちがいいものだと思う。そう呟けば、律君はふむふむと頷いた。
「なるほど。だから僕はいつもとろけちゃいそうになるのかな…」
「とろけそうなのか」
「とろけそうですよ。ふにゃふにゃになります」
とろとろでふにゃふにゃの律君…。
「可愛いな」
うん。可愛い。見たい。
「もう!!!言わないで!!!」
可愛いと言われるのがそんなに嫌なのか、彼はぷんぷんと効果音がつきそうなくらい怒っている。さっきまで笑っていたのに、よく表情の変わる子だ。
「大体、可愛いのもかっこいいのも亮一さんですよ。僕は地味で平凡な特徴のない男です」
「…本気で言ってるのか」
そんなはずがない。
女の子と見間違うほど大きな瞳、小ぶりな鼻に、ぽってりとした唇。艶やかな黒髪、真っ白で絹のような肌。どう考えても地味で平凡、ではない。
「俺が一瞬で恋に落ちたくらいなんだぞ。もっと自分を高く評価しろ」
濡れてさらに深みを増した髪を撫でる。律君は真ん丸な瞳をくすぐったそうに細めた。
触れることを許されている。そのことがこんなにも俺の心を熱くする。
「例え律君でも、俺の好きな人を卑下するのは許さない」
「…本人なのに?」
「駄目だ。絶対駄目だ」
俺の好きな人は、世界一可愛いんだぞ。
「ふふ、おかしな人ですね」
でも、と言いながら、髪を撫でていた俺の手をとる。そして。
「嬉しいです。僕の好きな人が亮一さんで良かった」
手のひらにちゅっと音を立てて口付けられた。
それだけのことで熱を取り戻していく全身。
「律君」
抱いてくれ。
「はい。分かってます」
言わずとも視線だけで伝わったらしい。情欲を孕んだ瞳を向けられて、心臓が締め付けられるかのような錯覚に陥る。
…律君、律君、律君。俺は君に夢中だよ。どうしたらいいかな。こんな気持ちは初めてなんだ。
「のぼせそうだ…」
「えっ!じゃあ早くあがりましょう!」
「うん」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。セックスくらいできる」
「もう…」
だから早く。早く二人で溺れよう。
end.
*
みずりさんへ
僕の秘密と君の罠、律と亮一がひたすらいちゃいちゃというリクエストでした!
本編での両思いが間に合ったので、もしもではなくちゃんと現実でいちゃいちゃさせることができました〜良かった〜。
リクエストありがとうございました!
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