▼ 02
今、瀬戸さんって言った?
まさかまさかまさか。恐る恐る後ろの席へと視線を向ける。そこには。
「りょっ、亮一さん…」
ぽかーんとした表情の亮一さんがこちらを見ていた。どうしてここに。っていうか今の話全部…。
焦って席を立とうとする僕。その肩を凛が押さえ込んで、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「だーめ。律はこれから瀬戸さんとお話するんだから」
「お話って言ったって、そんな」
「私は二限あるので学校行ってきまーす」
ごゆっくりーと間延びした声。えっ、待って置いてかないで。まだ注文した食べ物も来ていないのに。
抵抗は功を為さず、静かな店内に一人取り残されてしまった。
…いや、一人じゃ、ない。
「律君」
「ひっ」
後ろから声をかけられた。待って。待って。まだ心の準備が…っ!
「今の話は本当か」
「…あ、あの、その、僕…」
どうしよう。振り向けない。だって僕、今。
「…ははっ、首まで真っ赤だぞ」
「うう…」
ソファに体を沈みこませる。机に臥せって顔を見られないようにしていたら、向かいの席に彼が移動してきた気配がした。
違う。本当はもっとちゃんと順序のある綺麗な言葉で伝えようって思っていたんだ。今まで気づけなかった分を返せるように。自分の中にある語彙をフル動員して、信じてもらえるように。
「律君」
「…はい」
「律君、こっち向いて」
やです。かっこわるいから。
「律君、ちゃんと、俺の顔見て言って」
「…」
視線を上げれば、優しい顔をした亮一さんが僕を見つめていた。
甘い瞳に酔わされて囚われて、頭が沸騰しそう。
「聞きたい」
「あう…」
ずるい。そんな表情されたら、従うしかないじゃないか。
僕は真っ赤な顔のまま、震える唇を開く。
周りの席に誰もいないことは分かっていたけれど、耳をすまさなければ聞こえないようなか細い声だった。
「…すき、です」
好き。うん。好き。僕はこの人が、好き。
間違ってない。だってこんなにドキドキしてる。
「うん」
亮一さんはずっとニコニコしてた。あーもうめちゃくちゃ恥ずかしい。誰かに好きって言うのって、こんなに照れるもんだっけ。
「あぁぁもう本当こんなはずじゃ…」
ぶしゅう、と効果音がつきそうだ。僕が漫画の登場人物だったら多分実際そうなると思う。
彼は両手に顔を埋める僕に口づけを落とし、嬉しそうな声色のまま言った。
「ひとつお願いがある」
「なんですか」
「セックスしよう。今すぐに」
…ほんっとに!本当に!この人は!それしかないのか!
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