▼ 02
亮一さんの気持ちは嬉しい。だからこそ僕もいい加減なことは言いたくない。…セックスまでしといて、なにを今更と思われるだろうが。
うろうろと視線を彷徨わせて押し黙る僕。それに苛立ったのか凛は信じらんない、と呟いた。
「ダメだよそんなの。瀬戸さんはそれでいいって言うかもしれないけど、やってることはセフレと一緒じゃない」
「…うん」
「瀬戸さんのこと好きなの。それとも興味本位なの。ちゃんと答えて」
セフレ、という直接的な言葉を突きつけられると、改めて自分の情けなさを思い知らされる。
僕は、彼の気持ちを利用していただけなのかな。
亮一さんには、僕よりも凛のほうがずっとずっとお似合いなんじゃないのかな。
こんな最低な僕より、きちんと相手を思いやれる凛の方が…。
「僕、は」
凛。本当は、亮一さんのこと、好きなんでしょう。
亮一さんだって、男の僕より絶対に彼女の方がいいはず。
…ちがう。ちがう。これはただの偽善じゃないか。
「亮一さんは…凛と付き合った方が、幸せに、なれると思う…」
やめろ。こんなこと言いたくない。どこまで自分勝手なんだ僕は。亮一さんの気持ちも、凛の気持ちも無視して。
案の定、目の前の妹はキッと鋭い目線でこちらを睨んできた。
「本気で言ってるの」
「…」
「律がそんな人間だとは思わなかった」
何も言い返せない。
「律がそんなんなら、私が…っ」
ゆらゆらと凛の大きな瞳が揺れる。目を逸らすことなんてできなかった。
立ち上がって呟く妹の手は、気のせいじゃなく確かに震えている。
「私が、瀬戸さんのこともらっちゃうから」
「…」
「っ知らないからね!」
「凛、やっぱりお前、」
やっぱり亮一さんのこと、ずっと好きだったんでしょう。
僕がそう尋ねる前に、彼女はリビングから出て行ってしまう。バタンと大仰な音を立ててドアが閉まった。
「…」
どうしよう。きっとすごく傷つけた。僕の心ない一言のせいで、何もかもが崩れ去っていく。
ごめんなさいと言うのは違う。お幸せになんてことも言えない。じゃあ何を。一体何を言えばいい。
僕にとって凛は大事な妹で、でも亮一さんも大きな存在で、天秤にかけることなんて出来やしない。
凛が怒るのも当然だと思う。ふらふらと情けなく曖昧なままにしておいた僕が悪い。亮一さんに甘えて、何も伝えないまま。
じゃあ、亮一さんと付き合えばいいの。好きになってしまえばいいの。
でも彼女の気持ちを無視したまま、亮一さんと付き合うことは絶対に無理だ。
一度知ってしまったからには、もう無理なんだよ。凛。
決して開くことのないドアを見つめながら、僕はただじっと佇んでいた。
prev / next