▼ 01
昼下がりの大学構内。カフェテリアでテキストを広げながらも、手はちっとも進まない。頭に浮かぶのはもちろんこの間の出来事である。
「…凛」
瀬戸さん、と泣いていた妹を思い出す。どうしようどうしようどうしよう。まさか凛が亮一さんのことを好きだったなんて。
どんな気持ちで彼を僕にひき会わせたんだろう。どんな思いで僕らを見ていたんだろう。
もし凛が亮一さんのことを本気で好きなら。
好き、なら。
「無理だよ…」
このままなにも知らなかったフリをして、彼を好きになるなんて…無理だ。
*
「律、最近おかしくない?」
「えっ」
「ほら。何か挙動不審っていうか…何かあった?」
「そんなことないよ、普通だよ」
ふるふると慌てて首を横に振る。やばい。そんなに分かりやすい態度をとっていたら、勘の鋭い彼女はすぐに気がついてしまうだろう。
…いや、直接聞いてしまった方が、いいのかな。亮一さんのこと、好きなのって。
凛が、亮一を好きなら…僕は、身を引く?本当に?それでいいの?
あぁ、もう、わかんない。どうすればいいんだよ。
「…」
「律?」
じっと凛を見つめる。顔の造りはそっくりだけど、化粧をしたり髪に気を遣ったりしている分、凛の方がそりゃ可愛い。
性格だってさっぱりしてて、積極的で。野暮ったくて引っ込み思案な僕とは大違い。
「瀬戸さんと何かあったの?」
「なっ、なにかって…」
「あ、図星?」
にやり。楽しそうに笑みを零す彼女を見て、心が痛くなった。凛、もしかして、ずっとそんな風に無理して表情を作ってたんじゃないの。
「ぶっちゃけどこまでいったの?もう付き合ってたりする?」
「どこまでって…」
「手を繋ぐ、キス、身体を触る…まぁその先は言わずもがなって感じで」
その選択肢から言うと、全部したことはあるけれど。…でも、そんなこと言えるはずがない。
「なんてね。全部知ってるよ。律ってば意外とテクニシャンなんだって?」
「はい!?」
「瀬戸さんがいつも惚気てる」
りょ…亮一さんんんんんん!!!何してくれてるんですか!!!!
「律も水臭いよねぇ。付き合ってるならちゃんと言ってくれればいいのに」
え。
「つ、付き合っては…ない、と思う」
告白もされたし、何度も身体を重ねた。彼に惹かれている自分がいるのも確か。でも正式にそういう関係に落ち着いたわけではない。
「はぁ?」
凛がぐっと眉間に皺を寄せる。
「付き合ってないのに、そんなことしてるの?」
「…う、はい」
「律は瀬戸さんのこと好きじゃないわけ?」
「…」
嫌いか好きかで言われたら、もちろん好きだ。でもこの先、一生をかけて愛する程の自信があるかと聞かれれば、言葉に詰まる。
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