▼ 04
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明るい時間には帰ってくるつもりだったのだが、思いのほか遅くなってしまったな。
薄暗い家路を急ぎ、恐る恐る玄関のドアを開ける。
「た、ただいまー…」
両親はまだ帰宅していないようだ。凛は…うん、いるな。最近履いているお気に入りのサンダルが、きっちりと揃えられていた。
いつも僕の方が早いので、何だか不思議な感じがする。
お兄ちゃん遅かったね。何してたの…なんて聞かれたら、一体どう答えればいいんだ。
まさか素直に「亮一さんの家でいろいろしてました」なんて言えるまい。
あぁもう。
先程の時間を思い出しそうになって、慌てて頭をぶんぶん振る。夢中になってしまった自分が恥ずかしい。死にたい。
「…」
僕、亮一さんのこと、好きなのかな。いや確実に惹かれているのは分かっているのだが。
僕自身あまり恋愛というものをしたことがない。この気持ちが「好き」と呼ぶにふさわしいものなのか、判断するだけの経験値がないのだ。
一緒にいるとドキドキする。触れるのも触れられるのも嫌じゃない。
好きってことなの?これが?
「…うーん…」
誰かに聞けば、分かるものなの?じゃあ一体誰に?…男の人が好きです、なんてそうそう言える話じゃないしなぁ。
そういえば、凛は男同士…とか、そういうことに対して偏見みたいなものはないんだろうか。今更な疑問かもしれないけど。
亮一さんに協力したり僕を女装させたりしてるところを見る限り、楽しんでいるようにも見える。
悶々と考えながら、リビングのドアを開ける。
「あ」
そこには突っ伏したまま眠っている妹の姿があった。
テーブルの上には、教科書や難しそうなプリントが散らばっている。そうだ、テストが近いのは凛も同じだもんな。
僕もそろそろちゃんと勉強しなくちゃ…晩御飯を食べた後にきちんとやろう。
すうすうと寝息をたてる凛。細い肩が呼吸のリズムに合わせてゆっくり上下している。
疲れているんだろう。このまま起こすのも憚られるし、ご飯の準備が出来るまでゆっくり寝かせておくか。
両親ともども仕事人間なので、僕と凛は交代で家事を行っている。
本当は今日は凛が夕食担当なのだが、眠っているところを起こしてまでやってもらうものでもないので、僕が作ることになるだろう。
あ、その前に。
薄手の毛布を持ってきて、その肩にかける。僕らは昔からそんなに身体が強い方ではないからな。凛、風邪ひいちゃうよ。
「…ん」
ふわりとしたその感触に少し身じろぎをする凛。
「…と、さん…」
寝言か。
髪の隙間から見える寝顔は我ながら自分そっくりで、つい笑ってしまっ…え?
つうっと凛の頬に伝う涙に驚いていると、小さくその口が動いた。
「瀬戸さ…」
か細い声。だけど、しっかり聞き取れる声。
「え…?」
凛、どうして、亮一さんの名前を呼ぶの。
どうして、泣いてるの。
もしかして、もしかして。
「凛は、亮一さんが…?」
呟いた言葉には当然答えが返ってくるはずもなく。
僕はただただ一人で混乱することしかできなかった。
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