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▼ ミッドナイトクライシスA

「迅さま迅さま!見てください!雪ですよ!」
「眩しい……うるさい……寒い……」

朝っぱらから騒がしい奴だ。俺は顔を顰めて毛布を被りなおした。

雪なんて、今の日本じゃそうそう珍しいことでもない。というか俺は寒いのが苦手なんだ。窓を開けるな。

「今日は大学お休みですか?」
「そうだよ」

だから寝かせろ。

「じゃあ一日一緒にいられるんですね。嬉しいです」
「いつも一緒だろ。毎日大学まで後つけてきてるの知ってるんだからな」
「う……でも、だって、心配なんですもん」
「使い魔風情が主人の心配なんて百万年早い」
「違います。迅さまが誰かにとられちゃわないか、それが心配なんです」
「別に俺はカワホリのじゃないし」
「僕のです!迅さまは僕だけの迅さまです!」
「あーもううるさい」

犬かお前は。イヌに改名してやろうか。

「俺は二度寝する」
「まだ寝るんですか?雪ですよ?」
「遊びたかったら勝手に遊んで来れば」
「迅さまと一緒がいい……」
「……」

この歳になって、ちょっと雪が積もったくらいで遊ぶかよ。

毛布からちょっとだけ顔を出して様子を窺う。カワホリは未だ窓に張り付いたままだ。その背中が妙に寂しそうなのは錯覚ではないだろう。

……仕方ない。

「カワホリ」
「はい」
「……おいで」
「!!!」

布団をめくってそう言うと、カワホリは物凄い勢いでそこに潜り込んできた。あったかい。眷属としてはいまいちだが、湯たんぽとしては優秀だ。

「じ、迅さま、あの」
「ほら、湯たんぽは黙って寝る」
「湯たんぽ?」
「お前がいるとあったかくてよく眠れそう」
「!!」

瞳を閉じて本格的に二度寝の体制に入ろうとする俺の頭を、カワホリが物凄い力で掴んでくる。

「痛い!何!?うわ近っ!!」

驚く俺の視界に飛び込んできたのは、カワホリの顔のドアップだった。

「じ、迅さま、かわいい、キスしたい……」
「やめろ気持ち悪い!怖い!」
「いいですよね?ね?ね?」
「何もよくな……っん!」

必死の抵抗も意味を為さず、カワホリはキスをしながら覆いかぶさってくる。

「ん、ぐ……っ、んん!んっ、ん゛〜〜〜〜!!」

舌で尖った犬歯を舐められ、ぞくぞくしたものが背筋を駆け巡った。駄目だって、そこは。

「はは……かわいい。牙出てますよ。ここ好きですもんね」
「んっ、ぶ」

カワホリの指が口の中に入ってくる。今度は指の腹で歯をなぞられた。

「噛んでいいですよ。僕の血、吸いたいでしょう?」

ぶんぶんと首を横に振って否定する。嫌だ。噛みたくない。

この指を噛んでしまったら、一滴でもお前の血を吸ってしまったら、止まらなくなる。

「……」

カワホリは無言で俺の歯に指を押し付けてきた。ぷつっと肌が破れる感覚がして、一滴、二滴と舌の上に血液が落ちてくる。

「飲んで」
「ん……っ」

条件反射のようにごくりとそれを飲み込んだ瞬間、身体全体が火照りだした。呼吸も苦しくなってくる。

「もっと欲しいでしょう?」

カワホリは自身の着ていた服を脱ぎ捨てた。そして息を荒げる俺の身体を抱きかかえて座り、口元に肌を寄せてくる。

「いいですよ。吸って」

はっきり言って、こんなの拷問だ。飢えた獣の前に美味しそうな肉を差し出したらどうなるか。食べるに決まっている。

「うう……お前なんか嫌いだ……」

逆らえない自分が情けなくて不甲斐なくて泣きそうになりながら、かぷりとその首を噛んだ。

口の中に流れ込んでくる生温い液体と、いっぱいに広がる香り。芳醇で濃厚な香りと味。酒よりも深い酩酊状態。

「ん……っ、んっ、ん……」

もっと、もっと、もっと欲しい。じゅるじゅると音を立てて血を貪る俺を、カワホリがきつく抱きしめる。

「はぁ……っ」
「!」

耳元に響く熱い吐息。ごり、と硬いモノが腹に擦れた。恐らく、いや絶対、これはカワホリの。

吸血鬼が人間の血を吸う際、苦痛を和らげるため催淫効果が伴うことはよく知られたことだ。

「迅さま?」
「……いい?」

……それって、カワホリが相手でも同じ、なのか?

「え?」
「俺に吸われるの、気持ちいい?」

カワホリが俺の顔を見て息を呑んだ。

「何て顔してるんです……」
「ん……」

自然と重なる唇。これ以上は何も考えられそうにない。ただ何も考えず、この気持ちよさに身を任せていられたら。

「好きです。大好き。愛してます」

ギシ、とベッドが軋む。カワホリは再び俺を組み敷き、ゆっくりと下着の中に手を入れてきた。

「ぐしょぐしょじゃないですか」
「うるさい……」

彼の指が硬く勃起した俺の性器を握り、ぬるぬるになった先端を弄る。くらくらして死にそうだ。

「こんな敏感な身体で、よく今まで他の人の血なんか吸えましたね。ずっとこうなんですか?」
「知ら、ない……ッ、っ、あ、あっ、ん!」
「ここも、僕以外と使ったことありますか?」
「はぁ……っ、あっ、や……ッ、あぁ……」

粘つく先走りをたっぷりと纏わせた指が、ぬぷりと後ろの穴の中に入ってくる。

「迅さま。僕の質問に答えて」
「んう……ッ、んっんっ、んっ、ん……!」

ぬちゅっ、ぬちゅっと優しく中を掻き混ぜられて、目の前がちかちかした。後ろを弄るカワホリの腕を手のひらで掴み、爪を立てる。

「はあっ、あ、ある……ッ」

何百年も生きていれば、そんな経験だって一度や二度の話じゃない。今よりもずっと昔、血が簡単には手に入らなかった頃は、それこそ淫魔紛いのことをして何とか生きながらえようとしたことも。

「……」
「あぁあっ、ばかっ、激し、いぃ……ッ、あっ、んん、あっ、あ!!」

途端に激しさを増した愛撫に、俺はカワホリの身体の下でじたばたと暴れるようにして悶え苦しんだ。

「迅さまのバカ……っ!!」

見れば、カワホリはぼたぼたと大粒の涙を溢れさせ泣いている。

「んあっ、ちょ、泣きながら、弄んの、やめ……」

泣きたいのはこっちの方だ。

「僕はそんなこと知りたくなかった……!」
「お前が聞いたんだろ」

わぁわぁと子どものように泣くカワホリ。なんだこの大きな子どもは。いやまぁ子どもみたいなものか。何百年歳をとっているといっても、こいつは俺のいる世界しか知らないで生きてきたのだから。

「か、カワホリ。泣きやめ。な?吸血鬼なんだから別に珍しいことじゃないよ。皆してるって」
「やだ、いやです、迅さまがするのはいやなんです」
「そんなこと言われても……仕方ないだろ。生きてくためなんだから」
「僕とすればよかったじゃないですかぁ……」
「なんでお前と」
「僕だったら、そんな色仕掛けみたいなことしなくても好きなだけ血をあげられた」

色仕掛けって。間違いじゃないけど。

「……わかってます。僕はただのコウモリで、人間にも吸血鬼にもなれません。迅さまと対等な存在になんて一生なれない」

カワホリはほろほろと涙を流しながら言う。

「でも、好きなんです。愛してるんです」
「……」
「僕には迅さまが全てなんです」
「……」
「わがまま言ってごめんなさい」
「……いや……」

――ちょっと、もう、勘弁して。

「迅さま……?」
「待て」

流石に恥ずかしいぞこれは。

顔が熱い。見られたくない。

「……そんなに熱烈に愛されたことないから、どんな顔をしていいかわからない」

吸血鬼なんて、恐れられることはあっても、愛されることなんてほとんどない。もしあったとしても、それは吸血の快感に憑りつかれた仮初の愛みたいなものだ。

でも、カワホリなら。

カワホリは俺と同じだ。俺から生まれて、俺と同じ命を持ってる。

「……ありがとう」
「!」

お前がどうして俺を好きなのかは理解できないけど、お前が俺を好きな気持ちは十分すぎるくらい伝わってるよ。



「あッ、あっ、あっ、あ、んんっ、カワホリ、カワホリぃ…っ」
「迅、さま……っ、きもちいい?きもちいい顔、してるっ」
「んっ、んぅ、きもちい、いいよぉ、ぁあっ、あ、もっと、もっとぉ」

迅さまはかわいい。

「はぁっ、迅さま、好き、愛してる、愛してます、迅さま」
「あぁうっ、あっ、あっん、ひ……ッ、あ、あっ、あぁあ……!」

何が可愛いって、最後にはなんだかんだ全てを許してくれるところ。僕に抱かれるともう、途中からとろとろになって僕の名前を呼ぶだけになってしまうところ。

「うんっ、うんっ、俺も、好き、愛してる、大好き、カワホリ、愛してる」

そして、たくさんたくさん愛の言葉を囁いてくれるところ。

「もっと言って、もっと」
「好き、すきぃっ、好き、あっ、あ、あい、愛してる……っ」

そっけなくて優しくないご主人様の、普段は見えない心の奥。

だから僕は信じられる。どれだけ冷たくされても、どれだけ疎まれても、本当は傍にいてほしいって思っていること。

「僕もです。迅さま」

――もう観念して、僕に愛されてください。

「――……カワホリ……?」
「あ、お目覚めですか?おはようございます」
「……喉が痛い」
「風邪でしょうか。雪もまだ降ってて寒いですもんね。待っててください、追加の毛布を……」
「お前のせいだよバカ」
「いたっ、ごめんなさい」
「お腹空いた」
「血吸います?」
「吸わない!全く、もう夜じゃん……一日無駄にした」

ぶつぶつ言いながらも迅さまは僕の胸に顔を埋めた。もうひと眠りするらしい。吸血鬼はもともとよく寝る生き物だけど、この人は特別だと思う。

「迅さまって、本当に素直でかわいい人ですよね」
「は?」

――もうとっくに貴方の気持ちが僕に向いてるってこと、それを僕が知っているということ、勿体ないからもう少しだけ内緒にさせてください。


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