▼ 恋の格言
恋をすると人は変わる、なんて言葉をどこかで聞いたことがある。
誰かを好きになることと、自分が変わることとと、どこがどう結び付くのか。恋によって人一人が変わってしまうなんて事態が本当に起こるのか。
そもそも「変わる」って、どの程度のことを言うのだろう。これまで築き上げてきた人格が丸ごと引っくり返ってしまうようなことならば、実は「恋」って物凄く怖いものなんじゃないだろうか。
「周」
――そんなことを考えていたのは、まだ俺がこの人に恋をする前の話だ。
「ごめん、道混んでて遅くなった」
「ううん」
早く乗って、という彼の言葉に頷き、俺は傘を畳んで素早く助手席に乗り込んだ。
「こんなに降るとは思ってなかったな。車で迎えに来て良かった」
「うん」
「お腹空いた?」
「少し。さっき体育だったから」
「雨なのに体育かぁ」
「体育館でバスケ。嫌だった」
「はは、嫌だったんだ」
車の中では他愛のない話をする。こうしている時間が好きだ。どうでもいいような、それでいてどうでもよくないような、そんな話をする時間。
外は土砂降りの雨。それでも憂鬱な気持ちにならない理由なんて、たった一つしかない。
「俺の家直行でいい?それともどこかで軽く食べて帰る?」
「茉理(まつり)さんの家がいい」
「わかった。帰ったら何かつくってあげるから」
「うん」
ハンドルを握る彼の横顔をバレないように見つめながら、浮き立つ心が表に出ないように唇をきつく結んだ。
*
茉理さんは俺より10歳も年上のサラリーマンだ。
学生である俺と、社会人である俺がどうして知り合ったのか。話は丁度一年ほど前に遡る。
といっても大仰なエピソードがあるわけでもなく、俺がたまたま夏休みに臨時でアルバイトに入ったのが茉理さんの勤める会社だった、というだけの話なのだが。
最初に好きになったのは、俺の方。でも告白は茉理さんが先。
好きなんだ、と真剣な声で言われたときは、夢でも見ているのではないかと本気で自分を疑った。
「周、そんなにくっついたら料理できない」
キッチンに立つ彼の背中にぺったりと抱き着いていると、案の定咎められてしまった。でも俺は知っている。その声があんまり迷惑そうではないことを。
「後でいいよ」
「お腹空いてるんじゃなかった?」
「空いてるけど、茉理さんの方が先」
くっついている背中から、彼が笑うのが伝わってくる。
「周は甘えたがりだね」
そんなことを言うのは茉理さんくらいだ。俺だって、最初からこんな風だったわけじゃない。
茉理さんは本当に大人で、かっこよくて、仕事だってできて、職場でも皆に好かれている人だった。ただのアルバイトの俺のことも気にかけてくれて、短い期間とはいえ夏休みが終わってしまうときは結構、いやかなり悲しかったものだ。
だけど彼は皆に優しい。気にかけてくれたって、優しくしてくれたって、特別なんかじゃない。彼にとっては当たり前のことなんだ。
俺はそれが、ひどく寂しかった。だからできるだけ寄りかからないようにしようと思った。この人の特別になりたい。皆と同じように優しくされるなんて、絶対に嫌だった。
「どうして頼ってくれないんだろうって、嫌われているのかなって、実は少し悩んだんだ」
「この子に好かれてみたい、特別になりたいって思ってる自分に、そのとき初めて気が付いたんだよ」
と、彼は言う。
自分勝手な意地から始まった俺の行動が、結果的には茉理さんの心を掴むきっかけになったのだから、人生何が起こるかわからないとはよく言ったものだ。
そして茉理さんは、本当にただひたすらに俺を愛してくれている。
彼の「特別」は溶けそうになるくらい心地がよくて、今ではもう、彼がいなくちゃ生きていけないんじゃないかとさえ思う。
俺が唯一甘えられる人。甘やかしてくれる人。友人はおろか、家族だって知らない。知られたくない。
「周」
「うん」
抱き着いていた腕を緩めると、茉理さんは後ろを振り返った。
「ん……」
彼の唇が、俺の唇を柔らかく食む。
お腹が空いているのは俺だけじゃなかったんだ、と安堵した瞬間に抱き上げられた。
「ベッド、行こう」
*
かわいいね。
耳元で何度もそう囁かれ、その度に身体全体が反応してしまう。
「周……」
「あっ……ん、茉理さ、ぁん」
ひくりと震える俺の内腿に、茉理さんが痕を残していく。肌を強く吸われる感触さえも気持ちがよくて、息とも声ともつかない声が零れた。
「ここ、すごい」
「ひ……ッ!!」
彼の指が性器を優しくなぞる。
「とろとろ」
茉理さんは嬉しそうに呟くと、ぴたぴたと指の腹で先端を軽く弾き、粘ついた液体が指との間に伝うのを見せつけてきた。一気に顔が熱くなる。恥ずかしくてたまらない。
「やめ……っあ、ぁ……!?」
茉理さんの唇が濡れそぼった俺のモノを咥えたかと思うと、同時に中に指が入ってきた。予想もしていなかった強い刺激に頭が真っ白になる。
「ひっ、……ッ、あ、あっ、ん、ぁああ……っ!!」
茉理さんは巧く唇と舌を使ってじゅぽじゅぽと音を立てて激しく攻め立てながら、器用にも指で確実に俺の弱い部分を擦ってくる。快感というには暴力的すぎる感覚。逃れるために必死でもがいてみるが、強い力で抑え込まれそれすらもかなわない。
「ま、まつりさ……っ、むり、むりぃ、だめ、だめ……っあ、あ、う、〜〜〜〜ッ!!」
「ん……えろい声」
「……っ」
恥ずかしい。咄嗟に口を覆う俺に、茉理さんは咎めるような視線を向けた。
「こら、口塞がないで」
「んん……っ、んぐ、ぅ……」
「周」
首を横に振って嫌だという意思を示すと、強制的に声を出させようという魂胆なのか、一層動きが激しくなる。
「―――……っ、………ッ、……!!」
先端を強く吸われ、かつ指の腹で前立腺を無遠慮に押され、声も無く仰け反った。
だめ。いく。いっちゃう。出る。
そう思ったときには既に遅く、俺はがくがくと腰を震わせながら勢いよく彼の口の中に精を吐き出していた。
茉理さんは躊躇いもせずにそれを音を立てて飲み込む。おまけにちゅうちゅうと残滓までしっかり吸われ、腰が跳ねるのを止められない。
「……っ、ぁ……はぁ……っ、は……」
ぐったりとベッドに四肢を投げ出すと、茉理さんは満足げな笑顔でのしかかってくる。
「気持ち良かった?いっぱい出たね」
「ん……」
大きな手のひらに頬を撫でられ、俺はじっと彼の顔を見上げた。
「……ん?」
甘い声。聞いているだけで、内側から溶かされてしまいそうだ。何だか胸の奥が苦しくなる。切ないって、こういう気持ちのことなんだろうか。
「もっと……」
もっと近くにいきたい。首に腕を絡ませて顔を近づけると、俺の意図がわかったらしい茉理さんは優しくキスをしてくれた。
「ん、ん、んん……っ」
薄く開いた唇の中に、彼の舌が入り込んでくる。熱く濡れたその感触に夢中になって、貪るように口付けた。
「んっ、ぁ……」
口の端から唾液が零れ落ちていくのがわかった。これはどっちの唾液なんだろう、とぼんやりした頭で考えていると、茉理さんがキスをしたまま俺の腿を掴んで開かせる。
「……っ」
あ、うそ。
すっかり柔らかくなったそこに、彼の先端があてがわれた。閉じていた目を薄く開くと、茉理さんは少しだけ唇を離して囁く。
「ひくひくしてるの、わかる?すごいエロい」
「お、俺のせいじゃ……っ」
「入れていい?」
頷いた瞬間、大きくてかたいものがゆっくりと挿入されていく。
「あ……ッ、…っ、あぁ……っ!!」
太い部分に内側を押し広げられるのが信じられないほど気持ちが良くて、俺は後頭部をシーツに擦りつけるようにして仰け反った。
「……っ、周……」
茉理さんが息を吐きながら俺の名前を呼ぶ。掠れた声が愛しくてたまらない。
「茉理さん、好き……」
もっと、もっと、もっと。他に入る隙間がないくらい、俺のことを求めてほしい。
「俺も、好きだよ」
言いながら、茉理さんはピストンを開始させた。
「あ……っん、んっ、う、ぁあ…っ、あっ、あ、あう……っ」
ぱちゅんぱちゅんと肌のぶつかる音がする。奥を突かれる度に勝手に腰が跳ねて、泣いているみたいな声が漏れた。
「きもちいい……?」
「きもち、ぃ……っ、いい、い…っ、もっと、もっとぉ」
「中すごい、吸い付いてくる……」
知ってる。わかってる。自分の内側が、まるで精液をねだるみたいに彼のものに絡みついていること。でも自分じゃどうしようもない。力を抜こうにもそんな余裕さえない。
このまま奥深くに埋め込んで、入りきらないほどの精液を注ぎ込んで、たっぷりと濡らしてほしい。
「締め、すぎ……っ」
そんなことを考えていたら、内側がきゅうと収縮して一層彼のモノにしゃぶりついてしまった。茉理さんがぐっと息を堪えて一層激しく腰を打ち付けてくる。
「あぁ……っ、あっ、まつ、まつりさ、ぁあ、かわ、い、かわいい……んっ、あ……――ッ、う、ぅ、っ」
「かわいいのは、周、だから……っ」
「はぁあ…………ッ、あぁっ、あっ、あっ、あぁっ、ん、強、つよいぃ……っ」
かわいいと言ったのが気に食わなかったのか、茉理さんは俺の弱いところを抉るように何度も何度もそれを突き入れた。びくんっびくんっと爪先が宙を蹴る。
「や、ぁあっ、あ、はぁっ、ん、好き、すき、まつりさん、すき……ッ、すきぃ」
すすり泣きながら喘ぐ俺に、茉理さんが笑った。
「いいよ……イって、イく顔見せて」
俺が好き好き言い出したら、イく合図。
今まで触られていなかった俺のペニスに彼の手が伸びる。触っていないとはいえ、もうそこは粗相をしたのかと疑われそうなくらいびしょびしょだった。
「あ……っ!!あ、あっ、あ……っだめ、だめ……ぇっ、いく、いく、いっちゃう」
根本から先っぽまで力強く扱かれ、快感が上塗りされていく。涙でぐしゃぐしゃの俺の顔を見て、茉理さんが興奮したように舌なめずりをした。
「もう、いっちゃうの?」
「う、んんっ、いっちゃう、きもちいい、いいっ、いい……ッ」
「じゃあ、俺のこと好きって言いながらイって」
激しい突き上げに視界が揺れる。ぐずぐずに蕩けた中を熱を持った塊で穿たれる度、意識が飛びそうになった。
「すき、すき、まつりさん、すき」
うわ言のように繰り返す俺に、彼も息を乱しながらさらに尋ねてくる。
「どれくらい好き?」
「わかんな……っ」
「わかんないの?」
「わかんない、いっぱい、いっぱいすきぃ……!!」
「っほんと、かわいい」
もう無理。だめ。我慢できない。
「んぁぁぁ………〜〜〜〜〜ッ!!」
彼の手に握られたまま、びしゃびしゃと勢いよく射精してしまう。
「っ、き……っつ……!」
うねるように動く内側に、茉理さんも腰を震わせた。じわりと中に温かいものが広がっていく。
「ん、んぅ、ん―――……っ」
「はぁ……」
茉理さんが出しながらも緩く抜き差しを続け中を掻き混ぜてくるので、俺はもうイきっぱなしの状態になってひくひく跳ねることしか出来なかった。濡れた孔からじゅぽじゅぽと下品な水音が響く。
「周」
だらしなく開いた唇を、彼の指がなぞった。
「俺も、いっぱい好き」
「ん……」
縋るように口付けられ、これ以上ないくらいの幸福感に胸がいっぱいになるのを感じる。
「愛してるよ、周」
キス一つで、こんなにも甘やかされる。
その幸せを、愛おしさを、切なさを、俺はもう一生手離せない。
*
目を覚ますと、先に起きていたらしい茉理さんが読んでいた本をぱたりと閉じた。
「おはよ」
「おはよ……」
「まだ起きない?」
「やだ」
もうちょっとこうしていたい。
首筋に顔をすり寄せてあぐあぐと甘噛みすると、小さな笑い声がした。
「まだここにいたい?」
「うん」
茉理さんは布団にもぐりこむ俺を抱きしめ、髪に顔を埋めてくる。
「俺も、帰したくない」
「いいよ」
帰さなくても。
「ずっと茉理さんとこうしていたい。学校も仕事もなくなればいいのにって、いつも思ってる」
呆れるほど子どもな言い分。でもこれが俺の本音なのだ。
「……正直なところ」
茉理さんは一瞬の間を置いてから口を開いた。
「ここまで懐いてくれるとは思ってなかったかな」
「懐く?」
「出会ったばかりの頃とは別人みたい」
彼がまた笑う。そんなに俺の態度はひどかっただろうかと当時の自分を振り返り、彼の言う通りだったかもしれないと思い直した。俺が彼に対してそっけなかったのは、むしろ好意の裏返しだったとも言える。
「……どっちの俺が好き?」
くだらない質問をしてしまう俺に、茉理さんは今度は間髪入れずにこう答える。
「俺は前からずっと、周だけが好きだよ」
「どっちの俺も好きってこと?」
「簡単に言うとね」
――恋をすると人は変わる。
少し前までは全く想像もつかなかったこの言葉の意味を、俺はようやく理解した。
end.
*
みるくっくさんリクエストで「年上溺愛サラリーマン攻め/年下甘えた高校生受け/めっちゃめちゃ甘々」でした。
自分的にはエロ含めめちゃめちゃ甘々にしてみたのですがどうでしょう……溺愛感でてますかね……。甘えたな受けって実はあんまり書いたことがなかったので、いろいろ試行錯誤していたら時間がかかってしまいました。すみません……。
サラリーマンと高校生の組み合わせは最高ですね。歳の差カップルは何度でも書きたいです。
素敵なリクエストをありがとうございました!楽しんでいただけますように!