▼ 目が覚めたときに君がいる
好きな人がいる。すごく、すごく好きな人が。
「先輩、海行きましょう海」
「海?」
――俺の好きなその人は、俺の恋人になった。
先輩と過ごす、何度目かの夏。恋人として過ごす、初めての夏。
「なんで突然海なんだよ」
「だって夏ですよ。夏といえば海しかないでしょ?」
「……そういうものなのか?」
そういうものなんです。
というわけで、俺と先輩はレンタカーを借りて、二人で少し遠くの海水浴場まで行くことにした。
行きは先輩が運転してくれたのだけど、運転席に座る彼の横顔がかっこよすぎて惚れそうだった。あと運転が上手くて惚れそうだった。もう惚れているだろうという話は一旦置いておく。
「お前、浮かれすぎだろ。なんだその恰好」
ロッカールームで一度別れ、着替えて出てきた俺を見た先輩が怪訝な顔をした。主にこのファンシーな浮き輪と派手な海パンのせいだろう。
「だって海ですよ。楽しまなくちゃ損でしょ」
「俺はもうすでに暑くてバテそう……」
「だめだめ。今日は一日遊び倒すんだから」
早くもへろへろになっている彼の手を引き、早速海を目がけて歩いて行く。後ろから「ちょっと」とか「手が」とか焦っている声が聞こえたが、あえて聞こえないフリをした。こんなに人が沢山いる中で、わざわざ俺たちに注目している奴なんかいないだろう。気にするだけ損だ。
「はい。浮き輪」
「俺がするのかよ」
「俺泳ぎ得意だもん」
「こんな変な浮き輪嫌だ」
「かわいいのに」
嫌がる先輩に浮き輪を被せ、ざぶざぶと水の中に入っていく。いやいや言いながらも結局俺の後をついてくるあたり、やっぱり先輩はかわいい。
「はー、きもちいいね。夏って感じ」
「そうだな」
「天気よくて良かった。すごい焼けそうだけど。日焼け止め塗った?」
「塗ってない」
「じゃあ色黒の先輩が見れるね。レアだ」
「なんだそれ」
先輩が笑う。その顔がきらきらと輝いて見えるのは、揺れる海面に日差しが反射したせいでも、水しぶきのせいでもなく。
「……なんだよ」
ついじっと見蕩れてしまう俺に、彼は眉間にしわを寄せた。多分これは照れ隠しだ。
「んーん、なんでも」
綺麗だなんて言ったらきっとまた怒られてしまうので、へらりと笑って誤魔化す。先輩は恥ずかしがりで、俺は彼のそういうところが奥ゆかしくて好きなのだ。
「もうちょっと深いとこまで行ってみようか」
「ああ」
浮き輪の紐を掴み、すいすいと沖に向かって泳いでいく。ファンシーな浮き輪に掴まり、俺に引っ張られるがままについてくる先輩の姿がかわいい。ずっと見ていられる。
「クラゲとかもういるのかな」
「お盆を過ぎた頃に出始めるって聞いたことならある」
「そうだっけ?じゃあまだ大丈夫か。あれ刺されたら痛いよね」
「刺されたことあるのか」
「一回ね。先輩は?」
「ない。そもそも海水浴なんて小学生以来だぞ」
「え、俺毎年来てるよ」
そう言うと、先輩が少し不機嫌そうになった。
「どうせ女と来てたんだろ」
「……」
しまった。自ら墓穴を掘るような真似をしてしまった。
でも同時に嬉しくもある。
俺が女の子といたことに不機嫌になるってことは、つまり。
「せんぱい、ヤキモ……あたっ」
「うるさい。妬いてない。お前が女好きなのは今に始まったことじゃないし」
「ちょっ、誤った認識だからそれ!俺別に女好きじゃないです!」
「好きなんだよ。好きだから今までとっかえひっかえやってたんだろ」
「だからそれは……っ」
まだ俺と先輩が付き合う前の話。先輩に片想いしていた頃。自分でも最低だとは思うけれど、俺は確かにいろんな女の子と「そういうお付き合い」をしていた。
それは、寂しさや苦しさでぽっかりと空いた心の隙間を埋めるための行為だった。
本当に好きな人は手に入らない。先輩は、男の俺のことなんか絶対にそういう対象として見てくれない。あの頃は本気でそう思い込んでいた。
彼も同じ気持ちでいてくれただなんて、知らなかったから。
「……今は先輩一筋だもん」
だからと言って俺の行動が許されるものではないし、それを彼のせいにするつもりもない。
今の俺にできるのは、先輩をただただひたすらずっと好きでいること。それだけなのだ。
「もん、じゃない」
「ぶっ」
ぴしゃりと海水が顔にかかる。というかかけられた。見れば、先輩が両手のひらを合わせ、水鉄砲の形をつくっている。
「……なら、許す」
「え?」
手の甲で水を拭っていると、彼がぼそぼそと何かを呟いた。
「これからは俺としか来ないって約束するなら、許す」
――なに、それ。
「先輩」
「……何」
「自分がどんだけかわいいこと言ってるかわかってる?」
濡れた手で頬を包むようにして触れると、先輩は一瞬のうちに真っ赤になる。
「わかってるから顔を近づけてくるな」
「ぶふっ」
また海水をかけられた。しょっぱい。
*
「先輩、いい加減こっち向いてってば」
「ちゃんと前見て運転しろ。危ない」
「今赤信号だから」
「もう青になる」
先輩が不機嫌なのは先程の言動のせいではなく、その後散々俺が女の子に声をかけられまくったせいである。所謂ナンパ、というやつだ。
「俺、ちゃんと全部断ったでしょ?」
それに、声をかけられたのは俺一人のせいだけじゃないと思うんだけど。
助手席に座る先輩をちらりと横目で見る。そっぽを向いているおかげで横顔しか見えないが、それで十分だった。
先輩だって、自分が客観的にどういう外見をしてるかくらい気にしてよ。
決して目立つような派手な造りはしていないが、先輩はなんというか綺麗なのである。控えめだけど、凛とした表情が醸し出す雰囲気とか、一度気づいてしまえば、そういうものに惹かれる人は少なくないと思う。今日声をかけてきた女の子たちのうち何組かは、確実に俺ではなくて先輩が本命だった。
「別に、そのことで怒ってるわけじゃない」
「じゃあ何に怒ってるの?」
「怒ってない」
「うそ。だってずっと喋ってくんないもん」
「それは……」
「それは?」
肘掛けに置いた俺の左手に、先輩の右手が触れる。へ、と間抜けな声が漏れた。
「先輩、あの……手が」
「た、タイミングを」
「タイミング?」
「その……今日は、楽しかったから、だから、つまり」
だから、つまり、何?
もしかして、もしかしなくても、先輩は。
「……まだ、一緒にいたいって、いつ言おうかと、タイミングを」
――このまま帰るつもりだったけど、気が変わった。
今日は記念日にしよう。
先輩が誘ってくれた記念日。
先輩がかわいい記念日。あぁでもこれは毎日だ。
俺は車を停め、サイドブレーキを引く。
「松岡?おい、ここどこ……」
「先輩」
「あ……っ」
シートベルトを外して抱きしめると、先輩は小さく声を漏らした。その声に全身が熱くなる。
「先輩、大好き」
「んっ」
たまらずキスをしてしまった。抵抗されるかと思いきや、差し込もうとした舌をすんなりと口内に受け入れてくれる。
「ん、んぁ、……っふ、ぅ……」
先輩は段々と深くなる口付けに慣れない舌遣いで必死でついて来ようとしていた。かわいい。死ぬほどかわいい。
ちゅ、ちゅ、と角度を変えて吸い付くようなキスをしながら助手席を倒すと、彼は驚いたように目を瞠る。
「な、なに……、なんで、座席を倒すんだ……?」
「なんでって」
まさか。彼の顔に絶望とも呼べる色が浮かぶ。
そのまさかですよ、先輩。
「無理、無理……っ!!こんな場所、誰かに見られたらどうするんだ」
「大丈夫。そんなに長くいるわけじゃないし、ここ車の通り少ないし、ちょっとくらい平気だって。それにもう外も暗いから」
「平気じゃない!全く平気じゃない!大体これレンタカーだし汚したらどうす……っん」
騒ぐ彼の口をもう一度塞ぎ、にこりと笑う。
「先輩が濡らさなければ汚れないって」
「ぬ、濡ら……」
「後ろの座席行こ」
「いやだ、こんなとこ……せめて別の場所で」
俺の胸に腕を突っぱね、先輩はぶんぶんと首を横に振った。どうしても嫌みたいだけど、俺だって譲れない。その腕を掴んで退かせ、耳元で囁く。
「今すぐ抱きたい」
「……っ」
これはもうひと押しだ。
「ね、先輩……俺とするの、いや?いやじゃないよね?」
耳朶を口に含んで舐めしゃぶると、先輩は声が漏れないようにか口元を手で押さえた。伏せた目と、それを縁取る睫毛がふるふると震えている。
「口で答えらんないなら、頷くだけでいいよ」
声というよりは最早息のような声で低く囁き続ける。先輩は俺のこの声に弱い。
「うんって、ほら、早く頷いて」
――ほらね。
小さく肯いて揺れた先輩の髪にキスをすると、潮の香りがした。
*
「ぁ……っ、……ッ、ん、……っ」
後部座席に寝かせた先輩の脚の間、性器の少し奥。ローション(なんでそんなものを持ってきているんだと怒られたけど、俺は最初からするつもりだったので当たり前のことだ)でたっぷりと濡らしたその孔に指を突き立て、くちゅくちゅと丁寧に弄る。
「ん……っ、んっ、………ッあ」
お腹につくほど勃ちあがった先輩のペニスからはとろとろした液体が滴っていて、腹周りはもちろんのこと、下生えまでしっとりと濡らしてしまっていた。持ってきていたバスタオルを敷いているので座席を汚す心配はないものの、尋常じゃない濡れ方である。
「先輩、俺の指、おいしい?」
あまりにきゅうきゅうと締め付けてくるので、まるで舌でしゃぶられているみたいだなと思った。熱くて、濡れていて、ひどくやらしい。
「変、なこと、聞くな……っ」
先輩は声を必死に抑えているみたいだけれど、堪え切れずに零れる息のおかげで、彼がどれくらい感じてくれているのかが窺える。
「あー……もう、痛……」
勃ちすぎて痛い。履いていたボトムのファスナーを下ろし前を緩めると、下着には先走りの染みができてしまっていた。多分、この中はもっとぐちゃぐちゃだろう。帰りにコンビニに寄って替えの下着を買わなければ。
「早くここに入れたい……」
くぱ、と中で指を広げるようにしながらそう呟くと、先輩が生唾を呑むのが見えた。彼の視線は俺の勃起しまくったペニスに注がれている。
「お、お前、それ、入れる気か……」
「もちろん。そのために慣らしてるんだし」
「そんなおっきいの、入るわけない……っ」
「……あのね先輩」
先輩の口からそんな卑猥な言葉を聞くと余計に大きくなるのでやめてください。それともわざとですか。
「いつも入れてるでしょ。平気だって」
「平気なわけあるかっ、あ、待っ……んんっ」
ぬる、と差し込んでいた指を引き抜くと、先輩がまた甘く声を漏らした。
「大丈夫」
下着をずらして自身を取り出すと、案の定それはぐちゃぐちゃだった。鈴口から透明な液が滲み出し、射精したそうにびくびくと熱を持って震えている。
「あ、うそ……っ」
空っぽになってしまったそこに、俺のそのペニスをあてがう。先輩が不安そうに俺を見上げた。
「先輩のここ、いつも上手に俺のこれ、咥えてくれるから」
細い腰を掴み、ゆっくりと腰を押し出していく。散々慣らしたおかげかローションのおかげか、俺のペニスはぷちゅりぷちゅりと卑猥な水音を伴いながら飲み込まれていった。
「ん―――――………ッッ」
先輩はぎゅっと目を閉じ、歯を食いしばって挿入の感覚に耐えているようだ。彼の手は下に敷いてあるバスタオルを握っているが、余程力を込めているのか指先が白くなっていた。
こつん、と奥に先端が当たった気配がする。どうやらここが一番深い場所のようだ。
「あ……っ、あ……っ、あう……っ」
確かめるために少しだけ腰を前後させて何度かそこを叩いてみれば、ちゅうちゅうと搾り取るみたいに襞が吸い付いてきた。
「はぁ……っ、なにこれ、す、…っげ……」
「あぁ……ッ、あ、はぁ、はぁ……っ」
思わず漏れた感嘆の声に、先輩の荒い息が重なる。
「先輩、いつもより、感じてんの……?」
上から覗き込むと、先輩の涙に濡れた顔が視界に映った。
「だって、だって、こんな……っ」
いつもクールで、無愛想で、エッチなことなんか知りませんって顔してる先輩が、こんな場所で、こんな恥ずかしい格好をして、俺のモノを入れられている。
俺と、セックスをしている。
「かわいい……」
溜息を吐くみたいに呟くと、先輩が震えた。
「お、俺、俺は……っ」
「ん……?」
「俺は、お前の方が、かわいい……」
「はい?」
俺?
「俺は……その、お前がいっぱい、好きとか、いろんなこと言ってくれるのとか、後ついてくるのとか、可愛いと、思ってるし」
「そ、そうなの?」
「嬉しいとも、思ってるし」
もしかして、先輩は今ものすごく大事なことを言おうとしてくれているんじゃないか。俺はドキドキと心臓が脈打つのを感じていた。
「お前と一緒にいると、いろんなことが嬉しい……」
「先輩……」
「あと」
胸がいっぱいになって何も言えなくなる俺の両手を、先輩が握る。指と指を絡ませて、恋人つなぎ。
「あと」
あと?
きゅ、と手に力が込められる。それから暫しの沈黙。次に続く言葉を口にしようかどうか迷っているようだった。
「……」
「……」
こんなときはただじっと待っているのがいい。言いたいこと、言おうと思ってることを、ちゃんと先輩のタイミングで教えてほしいから。
「……お前と」
先輩は決心したかのようにもう一度俺に視線を合わせると、照れた声で言った。
「お前と、こういうこと、するのも、好き……」
ぶわ、と全身に鳥肌が立つのがわかった。
――こういうことって、好きって、俺とセックスするのが?
「っなにそれ、ずるい……!」
「あっ、ばか……っ」
ぐんと腰を引いてまた押し込むと、先輩がまだ待てとかやめろとか怒り出す。でもそんなの知らない。煽ったのは先輩の方だ。
「先輩、好き、好き……っ好き、大好き」
しっかりと手を繋いだままでピストンを開始させた。
「は、……っ、はぁ……っく」
「んぁっ、あっ、はぁ、あ、あっ、ぁあっ」
車内にはぱちゅぱちゅと肌のぶつかり合う音と俺と先輩の喘ぐ声だけが響く。今ここを誰かが通ったとしたら、車の揺れ具合のおかげで中で何が行われているかは一目瞭然だろう。
「待っ、はや、はやいぃ……っ、奥、やめ……っ」
「やめないよ」
場所が場所だけにそんなに激しく動くことはできないので、短いストロークで小刻みに奥を叩き続けるだけになる。だが先輩は十二分に感じているらしく、腰を捩らせて悦んだ。
「俺とセックスするの、好き、って、言ったじゃない……」
「うあっ、あっ、あ、ん、言った、けどっ」
俺が腰を揺する度、先輩の性器からはぴゅくぴゅくと我慢汁が零れ落ちていく。そんなに気持ちいいのかな。可愛いな。ここを俺の指で弄ってあげたら、もっと気持ちいいだろうな。
そう思って一旦手を離そうとすると、先輩がいやいやと首を横に振った。
「いやっ、やだ、手……ッ、このままじゃ、だめ……っ?」
――俺と手繋いだままエッチしたいんですか。そうですか。
「くっそ、かわいい……っ」
「ぁあ……――――ッ!!!」
これ以上入らないというところまで挿入し、そのまま腰をぐりぐりと回す。先輩は一層高い声をあげて仰け反り、絶頂を迎えた。
「あっ、ぶね……!」
慌ててその辺に散らかした服を手に取り、噴き出してくる彼の精液を受け止める。
「松岡……っ、松岡、まつおか」
先輩は身体をひくひくと痙攣させながら俺の名前を呼んだ。
「ん……?」
「まつおかぁ……っ」
「なーに、先輩」
イったばかりの中がうねるように収縮して、絶妙な加減で俺を刺激してくる。ダメだ。このままじっとなんてしていられない。
「っねぇ、俺も、イっていい……?」
腰をゆすりながら尋ねると、先輩は何度も頷いた。
「んっ、いい、いいから、イって、このまま」
こ、このまま?
え?それって、中でイっていいってこと?
「でも俺、あの、今ゴムしてないから……っ」
やばい。出そう。ぐっと歯を噛み締める俺の腰に、先輩の長い脚が絡みついてきた。
「ちょっ、なにを……」
「いい、いいっ、してなくていい、はやく」
自分のモノが一気に膨らむのがわかる。嘘でしょ。先輩、超エロい。
「だ、っめ、だめだって、そんなの、先輩……っ出る、から、脚、どけて、離して」
「いやだ、あっ、あっ、んん、あっ、あ、離さないぃ……ッ」
あまりに締め付けてくるものだから、抜き差しをするのも一苦労だ。狭い中を掻き分けるようにして無理矢理押し込む度、ちゅっちゅっと濡れた音がした。その音の間隔がどんどん短くなっていくのに比例して、先輩の声も俺の声も荒くなっていく。
「もう、知ら、ない……っ、出す、中、出すよ……っ」
ぎゅっと瞼を閉じてそう言うと、先輩は突然握っていた手を離した。そして俺のはだけた服の襟を掴んで引き寄せる。
「!?」
「んんんん………ッッ!!」
半ばぶつかるような激しいキスに驚いて目を開けた瞬間、俺と先輩は今度は同時に射精していた。
「ん……っ」
――やばい。やばい。これは、気持ち良すぎだろ……。
溜まりに溜まった精液をびゅーびゅーと中に吐き出しながら、先輩のかわいいキスに応えてやる。
「ん、ぁ……っ、ん、ん」
先輩はうっとりと瞳を蕩けさせ、二度目の絶頂に浸っているようだった。濡れてつやつやになった唇を指で拭ってやると、赤い舌がちろりとその指を舐める。
――くっそ、くっそ、なんだこの人……!今日どうしたのマジで……!!
「先輩……?」
「まつおか……」
心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているのを必死で押し隠し、俺は優しく笑って彼を見下ろした。このままならもう一回くらいできるだろうかと考えていると、先輩がはっと気が付いたように俺が手に持っていたものを指差す。
「おっ、お前、それ……っ」
「え?これは先輩の精液拭いたやつ……あ」
それは、先輩が先程まで着ていたTシャツだった。
「どうするんだ!俺それしか着替え持って来てないのに!」
「だって先輩がめちゃくちゃ出すから……」
「う、うるさいっ、もっと他にあっただろ!タオルとか!」
「間に合わなかったんだもん。いたっ」
げし、と先輩が足で俺の胸を蹴る。ひどい。さっきまであんなに可愛かったのに。
「もー、足癖悪いのよくないですよ」
「そもそもこんなとこでしようなんて言い出したお前が悪い」
「先輩だっていつもより気持ちよさそうにしてたくせに。俺はダメだって言ったのに、中出ししてなんてねだってきたのは誰でしょうかねー」
「う……っ」
口ごもる先輩。
勝った。今日は俺の勝ち。
「まぁまぁ。大丈夫だって。俺のパーカー貸してあげるから」
「……ちゃんと洗濯してくれるんだろうな」
「するする。俺が責任もって手洗いします。だから怒んないで」
ちゅっとおでこにキスをすると、汗の味がした。今までの激しいセックスのせいだろう。流石にエアコンはつけていたが、声が漏れないように窓を閉め切っていたので俺も汗だくだ。
「先輩?」
「……泊まる」
「え?」
「服、ないし。今日お前のとこ泊まる」
「ほんと?」
「仕方ないだろ」
「やった!」
先輩が最初から俺の家に泊まるつもりでいたことは知っているけれど、あえて大袈裟に喜んでみせた。先輩のことだから、今の一件でうまいこと口実ができた、と思っているのだろう。
――こういうとこがかわいいんだって言ったら、また怒るんだろうな。
「じゃあ、明日は一日ゆっくりしようね。先輩も疲れたでしょ?」
「ああ。……でも」
「でも?」
楽しかった。
「……」
ふっと控えめに笑う先輩の顔が綺麗で、俺は思わず見惚れてしまった。
「……先輩」
「ん?」
「今日、一緒に寝ようね」
「……そんなこといちいち聞かなくてもいいだろ」
「絶対だよ。絶対。拒否権はないですからね」
「なんでそんなに必死なんだよ」
必死にもなりますよ、そりゃ。
――明日の朝、目が覚めても先輩が隣にいる。
こんなにも幸せなことは、他に一つだってありはしないから。