▼ おまけ
痛いのと。苦しいのと。それから恥ずかしいのと。もうわけがわからないくらい、なにもかもが初めてだった。
「い゛……っ!あ、…ぅう」
奥まで入り込んでくる大きな塊に、自然と声が漏れる。
涙の滲んだ瞳を上に向けると、完治の瞳も僕をまっすぐに見つめていた。
「…俺、めちゃくちゃ好きかもしんない…」
――え?
「お前のこと、めちゃくちゃ好きだ…っ」
ひゅっと音を立てて空気を呑む。突然涙がこみ上げてきた。
「な、なんで…っ?」
「なんでって…」
「僕、何の取り柄もないし、顔だって普通だし、お前みたいに才能があるわけじゃないのに、なんで僕なの…?」
完治は困ったような顔をする。
「…その言葉、そっくり返すけど」
それは違う。完治はいつだって皆の憧れなんだ。見る人の視線を惹き付ける、そういう魅力のある人だ。
でも、僕は違う。僕にそんな魅力はない。僻みでも嫉みでもなくて、本当に。
「僕には、完治が好きって気持ちしかない…」
完治は何か考え込むような目で僕を見た。それから、静かに尋ねる。
「…夏生こそ、俺のどこが好き?」
そんなの、決まってる。
「…全部…」
例えば凛とした背中とか、張りのある声とか、台本を読んでいるときの横顔とか、そういう細かい点を挙げることだって、いくらでもできる。嫌いなとこなんて一つもない。僕が完治について何か語るとすれば、それは全部「好きなところ」だ。
最初は演技をする姿に惹かれた。なんて楽しそうに演る人なんだって。でもそれは才能があるということだけじゃない。完治はちゃんと努力をしてて、何より演じることをすごく大事にしている。
僕は完治の背中に手を伸ばし、言った。とめどなく溢れる涙の理由は、苦しさでも痛みでもない。
「演じることに一直線な、お前の全部に憧れた」
完治の耳が赤く染まるのが見える。ごめん、と突然謝られた。
「俺、本当は誰でも良かったんだ」
「誰でも、良かった…?」
「お前に告白されたとき、他人に好きだなんて言われたこと自体が初めてだったから、その事実に浮かれただけで…誰に言われたかは正直どうでも良かったんだ」
そりゃそうだ。僕が彼の立場ならもっとひどいことを思うだろう。誰だこいつって。よく知りもしないのに、勝手なこと言うなって怒ったかもしれない。
「今は違う。夏生が好きだ。めちゃくちゃ好きだ」
でも完治は違った。僕を受け入れてくれた。
「完治…」
「だから全部言う。全部お前に見て欲しい。情けない姿も全部」
「…うん」
突き放したっていいはずなのに、その権利が完治にはあったのに、そうしなかった。
「見たい、見せて、完治の全部」
天にも昇る気持ちって、きっとこういうこと。
「ん…っ」
完治の唇が僕の唇にくっついて、僕もそれに応えて、お互いを確かめ合うみたいなキスをする。
恥ずかしくって死んじゃいそうになる僕に、完治はごめんな痛いだろと言った。夏生、と彼の声で呼ばれる自分の名前を聞くたび、心臓が張り裂けそうになる。
「…やめる?」
完治の視線が僕の下半身に向けられるのがわかった。
「それだけはやだ」
多分…その、僕が勃っていないから、心配になったんだろう。恥ずかしいから見ないでほしい。
「僕はいいから…完治の好きにして」
「だめ。俺もお前を気持ちよくしたい」
完治、今「俺も」って言った。
「…そ、それって、俺もって、お前は今、気持ちいいってこと…?」
「うん」
嘘だ、と思う。一応繋がることはできたが、僕の身体は全然馴染んでなんかいなくて、緊張でがちがちだ。僕でこうなんだから、入れている側の完治はもっともっと苦しくて仕方ないんじゃないだろうか。
「…」
だけど、彼の顔はちっとも苦しそうではなくて、むしろ本当に気持ちよさそうで、僕はその表情をうっとりと眺めてしまう。やっぱり、世界で一番かっこいい。
「じゃあ、ちょっとずつ動くから。気持ち悪くなったり無理そうだったりしたら、すぐ言えよ」
「うん…」
汗ばんだ僕の額に一度キスを落とし、完治がゆっくり腰を引く。
「ん…っ」
「…っ悪い、痛かった?」
抜く瞬間、経験したことのない複雑な感覚が走った。ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。咄嗟に声を出してしまうと、完治が動きを止めた。心配そうに尋ねてくる声には、どこか色っぽさがある。
気持ちいい、の、かな。だったらいいけど。
「…完治、あ、あの」
彼の顔が陰になってしまって、よく見えない。もし完治が少しでもこの行為に快感を見出してくれているのなら、その表情を見てみたいと思った。
「ん…?」
「顔、見たい…」
完治が顔を少し傾ける。光の加減が変わってよく見えるようになった。
「…っ」
――どうしよう、僕、最後までもたないかもしれない。こんな表情見せられたら、死んじゃうよ。
「…今余裕ないからあんま見せたくないんだけど…」
完治の声は上擦っていて、吐息混じりで、本当に余裕がなさそうだった。いや声だけじゃない。顔も、だ。
「そんなこと、ない…、か、かっ…」
かっこいい。かっこよすぎて駄目。もう無理、泣くかも。ここが客席なら、僕は間違いなくスタンディングオベーションをしている。
「か?」
「あの、その…」
「…かっこいい?俺?」
こくこくと必死に頷いてみせると、完治は深く溜息をついた。
「はー…お前、マジで…」
「な…っん、はぁ…っな、なに」
あぁやばい、変な声出る。いやだな。恥ずかしい。そんな僕に完治はさらに爆弾を投下してくる。
「すっげぇ好きだ」
ぐ、と息が詰まった。
そんなこと、言われたら。
「ず、ずるい…っ、バカ、それ、ずるいぃ…!」
愛しい気持ちが溢れて止まらなくなる。好きだ。すごくすごく、好きだ。大切にしたい。そばにいて欲しい。誰にも渡したくない。
はぁ、はぁ、と荒く息を吐きながら僕の上で腰を振る完治がとんでもなくいやらしくて、男の顔をしていて、目を逸らせない。
かっこいい。どうしよう。エッチってこんななの。皆こんなことやってるの。嘘でしょ。無理だよ。死ぬ。なんかもう死ぬ。
――なんて、あの頃の僕は思っていた。
「しぬぅっ、もぉ、も…っしんじゃう、かんじぃ…っ」
そして今の僕の思考も全くそれと同じ経路を辿っている。ちっとも進歩がないと言われればその通りだ。
バカだろ、と完治が笑う。
「こんなんで死なない」
「こんなんって、言うなぁ…っ」
「まぁ、死んじゃうって泣かれるのは、結構そそるものが、ある…けどっ」
「ばかぁぁ…ッ、ば…あ―――…っ!!」
腰が浮き上がりそうな程押し付けてきたかと思えば、そのまま奥をぐりぐりと掻き回されて僕は悲鳴を上げた。お腹につくほど勃ち上がったペニスからぼたぼたと力の無い射精をする。
「これ好きだろ、なっちゃん」
「ちが…っ、すき、じゃ、ないぃ…っ」
「うそ。じゃあこれは?」
「あぁっん、やめ、やめて、さわんないで、やだぁぁっ」
完治は腰を回しながら僕の射精しているモノを緩く扱いた。白く濁った液がその手を濡らすのが恥ずかしくてたまらなくて、いやだいやだとかぶりを振る。
「もぉ、や…っ、なんで、そんな…お前だけ…」
「俺だけ、何?」
「あっ、う、うまくなって、んの、ムカつくぅぅ…ッ!!」
僕はいっぱいいっぱいなのに。死んじゃいそうなのに。お前はいつの間にかどんどん巧くなって、涼しい顔して僕をどろどろに甘やかす。
完治は僕の勝手な謗りを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
「俺、うまいんだ?」
――あぁぁぁ!!!その顔反則!!!僕は内心で悶えまくる。
「俺とすんの、気持ちいい?」
「ん…っ、ぅんっ、ん…」
ずっ…ずっ…と絶頂を迎えたばかりの内側を遠慮なく突かれ、僕はもう声も出せずただただ肯くだけになってしまった。
気持ちいい。死んじゃいそうなくらい、気持ちいい。
「夏」
腰の動きはそのままに、完治は僕の唇を塞ぐ。
「夏…」
「ん、んん…っ、は、ぁ…」
キスの合間に何度も名前を呼ばれ、喉の奥で声を漏らして返事をした。うっとりする僕の顔を見た完治は、満足げに頷く。
「すげぇ気持ちいいって顔してんな?」
「…ん」
「俺に夢中って顔」
「そんなの、してないぃ…」
「してる」
はい。してます。
「たくさん練習した甲斐があったってことだ」
「…練習…!?」
いつ!?もしかして誰か別の人と!?
一瞬のうちに青褪める僕に、完治はもう一度キスをする。
「いっぱい練習しようってお前が言ったんだろ」
あ、と声が出た。
――いっぱい二人で練習して、うまく繋がれたらいいね。
「よ、余計なこと、思い出すな…!」
は、恥ずかしい!!何言ってるんだあの頃の僕!!消えろ!!
「思い出したわけじゃねぇよ」
「は…?」
「一度だって忘れてない。思い出したんじゃなくて、ずっと覚えてるんだ」
「!!」
僕は慌てて口を覆う。気を抜けばまた恥ずかしいことを言ってしまいそうだったからだ。顔も身体も熱くて、全身が心臓になったみたいにドキドキする。
「すっげぇ好きだよ」
うん、僕も。
…なんてことは素直に口に出せないので、代わりにぎゅっと抱きついておいた。
――これが僕の、せいいっぱい。