ss | ナノ


▼ ジェラシーパニック

「俺も行きたい」

大学に出かける前、論が珍しくそんなことを言った。

でかい図体で俺の服を掴んでいる様子が何だか可愛らしい。別にいいよと言おうとしかけてやめる。

「…ダメ」
「なんで?」
「お前、自分がどんな容姿をしてるか客観的に考えたことある?」
「?」

綺麗なルビー色の瞳に、人形みたいな白い肌。彫りは深いしどう見たって日本人ではない。綺麗過ぎるのだ。

平々凡々な自分がこんな目立つ男と一緒にいるのは怪しい。うっかり彼が吸血鬼だとバレてしまう可能性だって無きにしも非ずだし。そうなったらいろいろと面倒だ。

「とにかく、ダメなものはダメ。早めに帰ってくるからいい子で待ってな」
「…いやだ」
「え」
「学校にはセンパイがいるんでしょ?」

センパイ、と論の言った言葉を口の中で復唱する。先輩と呼べる人物はたくさんいる。だが彼の言う「先輩」はたった一人しかいない。

あぁなんだ。そういうことか。自然と苦笑いになった。

「まぁ、うん…そうだなぁ…いるんじゃない?」
「じゃあ俺も行く。泉水が心配」
「だーかーらー、先輩とはそんなんじゃないって。ただお前にちょっと似てるなーって言っただけ」

春から入ることになったゼミに、なんだか論と雰囲気の似ている先輩がいたという話をしたのだ。綺麗で色白な、背の高い先輩。論ほど浮世離れはしていないけれど。

その話をしたときから、論は妙に機嫌が悪い。あんまり自惚れたくはない…が、ヤキモチ…なんだろうか。

だったら嬉しいな、と素直に思った。

論、お前は知らないだろうけど、俺は結構お前のこと好きだよ。

「大丈夫だって。別にそこまで仲が良いわけじゃないし」
「…」
「あ、帰ったら血吸わせてあげるから。最近吸ってなかったよね?」

渋い顔の論を無理矢理言いくるめ、何とか家を出た。



…はずが。どうしてこんなことになっているんだろう。

「これ、吸血鬼の歯の痕でしょ」
「む、虫刺されじゃないですかね…」
「そんな言い訳が通用するとか本気で思ってる?」
「…せ、先輩には関係ないです」
「あるよ。だって俺、相原のこと好きだもん」
「はい?」

にやりと唇を歪めて笑う先輩。不幸なことにここは人気のない校舎だ。壁際に追い込まれ逃げることすらかなわない。

「一目見てピンときたんだよね。この子の血、ものすごく美味しいんだろうなって」
「え…じゃ、じゃあ、先輩は」
「うん。そう。俺も吸血鬼」

重大な事実をそんなあっさりと。

「でも普通にご飯食べたりとかしてるじゃないですか…あと、目の色も」
「別に食べようと思えば血以外のものも食べられるよ。美味しくはないけど。目の色はカラコンでどうとでもなる」

そう言いながら彼は片目のコンタクトを外した。その瞳はやはり赤い。だけど論とは少し違う赤だ。

「ね、どうせ吸わせるなら一人も二人も同じでしょ?俺にもちょーだいよ」

深い紅がギラリと光る。飲み込まれそうになるのを必死でこらえ、毅然とした態度で言った。

「嫌です」
「どうして?」
「どうしてって…俺が血を吸わせるのは、たった一人だけですから」
「そいつのこと好きなの?」

こくり、と一度だけ頷く。

そう。俺は論が好きだ。理由なんて分からない。きっかけだって曖昧だ。以前の俺なら、お腹がすいていると言われれば先輩にも自分の血をあげたかもしれない。

だけど今は違う。理由もきっかけもどうでもいい。俺が血を与えるのは、たったひとりだけなんだ。

「俺、そいつより君のこと気持ちよくさせてあげられる自信あるよ」
「…自分の快楽のために、血を吸わせているわけじゃないですから」

あくまでも拒絶の意思を曲げない俺に、先輩は少しだけ口を開けて笑った。鋭く尖った八重歯が見える。

「ふうん…ま、奪い取る自信はあるけどね」
「ちょ…っ」

首筋に鋭利な歯の感触。血を吸われるのにはもう慣れたはずなのに、嫌悪感で鳥肌がたった。初めての感覚だった。



「ただいま」

泉水の声がして、俺は緩慢な動作でベッドから起き上がる。

「…おかえり」

彼の姿を見た瞬間、全てを悟る。だからついて行くって言ったのに。自然と眉間に皺が寄った。

「泉水、こっち来て」

彼は俯いたまま首を横に振る。そっと手を握ると、傍目に見て分かるくらい大袈裟に全身をこわばらせた。

「泉水、首見せて」
「論、俺は…」
「いいよ言わなくて。全部分かってるから。早く見せて」

少し強い口調になってしまったが、今それを詫びることが出来るほどの余裕が自分にはあるわけじゃない。

…分かるんだよ。吸血鬼に血を吸われたあとの人間の気配って。気づきたくなくても、本能で分かっちゃうんだ。

首筋にはまだ新しい痕が刻まれていた。俺がつけたものとは別の、知らない噛み痕。

「先輩だね?」
「…っ」
「先輩に、血吸われたんでしょ?」
「…ごめん」
「…セックスしたの?」

してない、とか細い声がした。

知ってる。知ってて尋ねたんだ。

泉水は俺を好きだと言ってくれた。心も身体も全部くれると言った。彼は嘘をつくような人間ではないし、俺は彼の言葉を信じてる。

だけど、信じてるから許せるかと問われればそれは大きな間違いなのだ。

「…別に、血をあげる吸血鬼は一人だけにしろなんていう決まりはないんだけど」
「…」
「俺以外の奴に泉水の血が吸われたんだと思うと、正直結構きついよ。だって泉水は俺のでしょ?」
「論…」
「ごめんわがままで」

泉水はすごく優しいから、俺を受け入れてくれる。血をくれる。彼の血は俺だけのもので、彼の血を吸うのは俺だけの特権だと思っていたけれど、それは俺の傲慢でしかなかった。

泉水は優しい。優しいから、俺みたいな奴につけこまれるんだ。

「…お仕置き、だね」



「んぅ…っあ、あぁ、や、やぁぁ…」

細い首筋に何度も何度も歯をくい込ませる。ぷつりと皮膚を破る感触がたまらなく気持ちがいい。欲望のままに吸いつきたくなる衝動をこらえ、ただひたすら噛み付くだけに抑えた。

「…泉水、好きだよ」

好きだ。好きだから、許せない。めちゃくちゃにしてしまいたい。

俺ではない誰かの歯が、この皮膚を貫いて。俺ではない誰かの舌が、この血の味を知って。

想像しただけで虫図が走る。しかしこれは現実なのだ。

「もう、もうお願い、吸って、吸ってよぉぉ…!!」

ひたすら中途半端な刺激を与えられて、泉水は耐えきれないとでも言うように俺の身体にしがみついて腰を揺らした。ナカに埋まった俺のモノがぬちゅりと音を立てる。

…ごめんね、泉水。その要求は飲めないや。

「ダメだよ。これはお仕置きなんだから」
「おし、おき…?」
「二度と他の誰かが手出しできないように、泉水の肌に俺の歯を覚えさせる。二度と付け入る隙ができないように、俺の存在を泉水の中に刻みつける」

我侭かもしれない。自分勝手かもしれない。泉水はそれを望んでいないかもしれない。

それでも、俺は泉水を手放さない。

「あぁ…ッ!!」

返事を聞くのが怖くて、そのまま愛撫を再開させた。先程つけた噛み跡に舌を這わせると、泉水は切羽詰ったような声をあげて全身を震わせる。

泉水は普段、俺よりもずっと男らしい。だけどこういうときの声はまるで女の子みたいに可愛くて甘くて、もっともっと聞いていたいくらいだ。

変だな。泉水に出会う前は、俺はちゃんと女の子が好きだったのに。女の子の血しか飲まなかったのに。

「泉水」

かわいい。そう口に出すのはお仕置きじゃなくなってしまう気がして、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

「は…ぁっ、あ、あ、ろん、ろん…」
「…イっちゃ駄目だからね」
「えっ、あ…んんんんぅ…ッ!!」

ぐん、と腰の動きを強める。浅い呼吸を繰り返すその唇にキスをすると、向こうから舌が絡んできてさらにまた興奮した。

「んっ、んっ、んぅ、ぁっ、んぐっ」

律動の度に漏れ出る声。喉の奥から絞り出されるそれを、食べ尽くすかのような濃厚な口づけ。この人の全部が欲しい。余すところなく全部、俺のものにしたい。俺だけのものにしたい。

わざといいところを外して抜き差しを続けていたが、それでも泉水は十分感じているようだった。

「泉水、きもちい…?」
「んっ、うん、うん、きもちいい」
「イきそう?」
「あぁぁッ、だめ、だめそこ…っ」

一瞬だけ前立腺を掠めてやると、彼はガクガク痙攣しながら俺の背中に爪を立てる。正直言ってものすごく痛い。爪の先が皮膚に食い込んで傷を作っていくのが分かった。

「んぁっ、い、いく、ろん、いっちゃう」
「だめ」
「や、や、なんで…やだぁぁ…っ」

ピタリとすべての動きを停止させる。物足りないとばかりに後ろの締めつけが増して、思わず息が漏れた。

「俺がいいって言うまでイかないで」
「そんなの無理…」
「無理じゃない。我慢して」
「い゛…ッ」

腹の間で揺れる泉水の昂りを握って、射精ができないように力を込める。そして再び抽送を開始させた。

「あぁぁっ、う、あぁ――ッ!!あ、ん、んっは、い、いたぁ…!!」

ぐちゅんぐちゅんと力任せに中を突き上げると、手の中の性器から少しずつ先走りが溢れ出して肌を濡らす。

「ん――っ!!!んぐっ、あぁっあっあっ、はぁ、うっ、んん」
「泉水、泉水、泉水…っ」
「はぁっ、は、ぁ…ろん、論…っはげし、あぁ…そんな、したら、いく、いくからぁ」

涙を流しながら激しいピストンに耐える泉水を見ていたら、なんだかもうどうしようもなくなってしまった。

こんなに夢中になれる人は、きっと世界中のどこを探したってきっと見つからない。俺の、俺だけの泉水。

「誰にも、触らせないで…約束して、俺以外に、誰にも吸わせないで」
「あ゛ぁぁぁ…ッ!!」

がぶりと勢いよく首筋に食らいつく。欲望のままに血を吸いあげると、生ぬるい液体が口内に流れ込んできた。

甘くて、美味しくて、中毒になってしまいそうだ。際限なく欲しくなる。もっともっと飲みたい。飲み干してやりたい。自分が空腹だったことに今更気がつく。

「ん゛――ッ!ん゛っ!」

彼の細い身体が限界まで仰け反ったかと思うと、ぷしゅっと濡れた音がした。蠢く胎内にこちらも射精感がこみ上げてくる。

だが口を離して見てみると、射精の痕跡は見当たらない。濡れた音はどうやら潮のようだった。性器からそっと手をどけてみると、指の先がさらさらした透明な液で光っている。

「あ…っ、あっ、あっ…い、いってる、いってるのに、ぃ…」

彼はわけがわからないといった様子で浅く呼吸を繰り返していた。もう涙やら涎やら潮やらでぐっちゃぐちゃのどろどろだ。

「…潮噴きして空イキとか、どこで覚えてきたの」

あまりのエロさにくらくらする。

かわいすぎでしょ、ほんと。

「わかんな、こわ、こわいぃ…!!あ、あ、また、またくる…!」
「ん、今度は、好きなだけイっていいよ…」

ぐちゅっと奥の奥まで突き上げてやる。

「あぁぁぁぁぁぁ…ッ!!!」

耳の奥がキーンとするくらいの甲高い声を上げて、ようやく泉水は白濁を吐き出した。



「初めましてセンパイ」
「…どうも初めまして」
「俺の泉水が大変お世話になったみたいなので、ご挨拶にきました」
「それはわざわざ余計なお気遣いをどうも」

論はにこにこと今まで見たこともないような笑顔を浮かべている。それに対する先輩も負けず劣らずいい笑顔だ。

綺麗すぎる男二人に挟まれた俺は、できるだけ目立たないように肩を縮こまらせた。まぁ無意味な抵抗だとは思うが。

「んで、相原はなんでそんな重装備なの。暑くない?」

ぐるぐる巻きにしたストールに顔を埋めている俺を見て、先輩が言う。分かっているくせにわざわざ尋ねてくるところが彼らしいというかなんというか。

「泉水、先輩に見せてあげて。そのストールの下に何があるか」
「…!!」

論が腕を伸ばしてストールをはぎ取ろうとしたので、慌てて距離を取った。ふるふると首を振ってやめろと訴えかける。

ストールの下…つまり首筋は、とても人様には見せられないような状態なのだ。お仕置きと称して何度も何度も噛まれ続けた肌は鬱血し、自分でも一瞬ぎょっとしてしまうくらい痛々しい。

そしてさらに、今の俺は言葉を発することができない。何故かってそれは、散々喘がされたおかげで声が枯れているからである。

口をぱくぱくさせるだけの俺を見て、先輩がまた笑う。

「随分ひどくやられたみたいだね」

誰のせいだと思ってるんですか先輩。

「俺は絶対そんなことしないよ?どう相原。俺に乗り換える気ない?」
「嫌がる泉水を押さえ付けて無理矢理血を吸ったのはどこの誰ですか?」
「えー、そんなに嫌がってなかったけど」
「それはアンタの錯覚です」
「初対面の男捕まえてアンタとは失礼な奴だな」
「嫌いな相手にどう思われようが痛くも痒くもないですから」

ただでさえ人目をひくような二人が険悪な雰囲気で言い合いをしていたら、そりゃあもう注目の的になるわけで。

道行く人がちらちらと物珍しげにこちらを伺っているのが分かる。…勘弁してくれませんかね二人とも。

くいくいと論の服の裾を引っ張って制止をかけると、彼は何故か嬉しそうに瞳を細めた。

「大丈夫だよ泉水。俺がしっかり守ってあげるからね。泉水のこと手放す気ないから」

…そういうことじゃないんですけど。

「…」

まぁ…正直なことを言うと、気分は結構悪くない。

この首に刻まれた鬱血痕も、ヒリヒリと痛む喉も、全ては彼の愛情の証なのだ。

単に血が美味しいから手放したくない、というわけではないはず。論の瞳は確かに俺を好きだと言っている。誰かを愛する気持ちに吸血鬼も人間もそう変わりはない、と言われたことを思い出した。

「泉水は俺のだから」

――分かってるよ、そんなこと。

返事をしようにも声が出ないので、心の中だけでそう言い返す。そして俺は、にやけそうになる頬を隠すため、黙ってストールに顔を埋めた。

end.




かじゅさんリクエストで、ナイトパニックお仕置き空イキ吸血プレイでした。
お仕置きというからには嫉妬、嫉妬というからには当て馬を用意しなければ…と唐突にライバルキャラを出してみましたが、いかがでしたでしょうか。
泉水はしっかりしてそうに見えて、結構その場その場で流されやすそう。そのせいでどんどん論がヤキモチやきになっていくと面白いですね。

素敵なリクエストありがとうございました!楽しんでいただけますように!


[ topmokuji ]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -