ss | ナノ


▼ 言われなくても

葉山さんはそれはもうすごい人で、出会ったばかりのころは冗談抜きでキラキラと輝いて見えた。

優しくて、かっこよくて、仕事に一生懸命で。努力家で人徳もあって。こんなに完璧な人が本当にいるんだ、と感動した。

「深水、もう今日のレッスン終わり?」
「葉山さん。はい、でも残って練習しようと思って」
「そっか。じゃあ俺も付き合うよ」
「えっ」
「その代わりと言っちゃなんだけど、これから一緒に飯行かない?居残り練習はそれからでも遅くないでしょ」
「あの…でも…」
「いいの。俺がそうしたいだけだから。あ、でも他の奴には内緒な」
「内緒、ですか」
「そうそう。深水だけ特別。なんかお前見てると構いたくなるんだよな」
「それは…俺が落ちこぼれだからとかそういう…」
「違うよ。ってかお前落ちこぼれじゃないじゃん。ちゃんと人気あるじゃん」

何言ってんの、とおかしそうに笑った彼の顔を、今でもはっきりと覚えている。

「おい。飯行くぞ飯」

――それがたった数年でこうも変わってしまうのだから、時というのは恐ろしくも残酷なものだ。

「…俺今日午後から打ち合わせなんで」
「じゃあ夜」
「疲れてるんで帰って寝ます」
「じゃあお前んちでいいや。飯作って待ってるから」
「ちょ…勝手に決めないで下さいよ」
「早く帰ってこいよー」
「葉山さん!」

くるくると指で鍵を回しながら去っていく葉山さん。くそ、合鍵なんか渡すんじゃなかった。考え直せ過去の俺。

でも、疲れて帰る家に誰かが――まぁ一応恋人である彼が――待っているのは悪くないかな、と思った。死んでも言わないけど。



「ただいまー…」
「おかえり。丁度ご飯できあがったところ。ナイスタイミングだな」
「え、これ葉山さんが全部つくったんですか」
「そう。お前つまみ系好きだろ」
「好きです好きです。おいしそう」
「手洗ってこい」
「はい」

部屋着に着替えてからテーブルにつく。用意された食事を見たら、急にお腹がすいてきてしまった。夜遅いことを考慮してか、揚げ物などの高カロリーなものがないところがまた嬉しい。体型には常に気を遣わねばならない。

「いただきます」
「どうぞ」

そして彼のご飯はとてもおいしかった。料理まで完璧とか、どんだけチートなんだこの人は。

「おいしいです」
「ん」
「なんかいいですよね。帰る家に誰かがご飯つくって待っててくれるって」
「誰か、じゃない」
「え?」
「俺が待ってるから嬉しいんだろ」

馬鹿じゃないのか。

「…人が折角見直したのに、水を差すようなこと言わないでくれますか」
「事実だ」
「俺ばっかあんたのこと好きみたいな言い方はやめてください」
「安心しろ。多分俺の方が好きだから」
「げほ…っ!!」

突然さらりとものすごい爆弾を落とされて、俺は思わずむせてしまう。

「な、な、なんです急にっ…気でも狂ったのかアンタは!」
「別に。たまには素直になってやろっかなーって思っただけ」
「…なんか企んでません?」
「失敬だな」

だって、す、好きとか、そんなに言われたことないし…記憶に間違いがなければ、一、二回?ともかくその程度だ。何か裏があるのではと疑ってしまうのも至極当然のこと。

訝しげな目線を向ける俺に、葉山さんはにこりと完璧な笑顔を浮かべてみせた。

「オリコン一位、おめでとう」
「へ…」
「この間出したCD、一位とったんだろ」

――知ってたんだ。

「お祝いはまた買ってやるよ」
「い、いいです、そんな…申し訳ないです」
「なんでだよ。先輩からのお祝いくらい、素直に受け取っとけ」

先輩だからこそ、である。

俺より葉山さんの方がずっとすごいのに、俺はまだ全然彼に追いつくことができていないのに、浮かれてる場合じゃないんだ。やるべきことはもっとたくさんある。

頑なに頷こうとしない俺にムカついたのか、葉山さんは面倒くさそうに舌打ちをする。…この人本当に二重人格だよなぁ。詐欺だ詐欺。さっきまでの笑顔はどこにいったんだろう。

「可愛くねぇな。昔はあんなに俺に懐いてたのに」
「あんただって昔はもっと優しかったですけどね」
「じゃあ先輩としてじゃなくて、恋人としてお祝いしてやる」
「は?」
「こっち向け」

ぶにゅ、と両頬を大きな手のひらで挟まれた。不細工だなと笑われる。うるさい猫かぶり男。

抗議しようと口を開きかけると、その瞬間キスされた。唇にではなく額に。びっくりして固まった俺を見て、葉山さんはさらに機嫌がよさそうに笑う。

「そう、そういう顔が見たかった」
「あ、悪趣味だ…!」
「おでこじゃなくて口の方が良かったか?」
「どこをどう捉えたらそんな解釈になるんです」
「どこをって…顔に書いてある」
「はぁ?」
「今日は何でもお前の言うこと聞いてやるよ。この機会を逃したら、きっと後悔すると思うけど…どうする?」

なんでいちいち上から目線なんだ。本当に腹の立つ人だ。

俺にとって葉山さんは絶対的な存在だし、そんな彼に何でも好きなことを命令するだなんて畏れ多くてできるはずがない。

でも、多分今彼の言う「好きなこと」っていうのはそういう意味じゃなくて。

つまり、だから、それは。

「ひ、卑怯ですよ…その顔…」
「んー?」

…欲しがれって、ことだろう。

「…して、欲しいです」

くそ、俺の方が絶対好きだ。好きになった方が負けってのは、こういうことを言うんだ。



彼の綺麗な手が頬を撫でる。宝物に触れるみたいな甘い手つきに酔わされて、もうどうにかなってしまいそうだった。

ずるい。ずるい。こんなの、ずるすぎる。

「深水」

いつも悪態ばかりをついているくせに、こんなときだけ優しいなんて。

「深水」

隙間なくぴったりとくっついた身体。汗ばむ肌。返事をする余裕すらない俺。そしてそれを分かっていながら何度も俺を呼ぶ葉山さん。

涙で滲む景色の中、返事の代わりに彼の顔をじっと見つめる。ぼやけていてよく分からなかったが、その口元には憎たらしいあの笑みが浮かんでいるような気がした。

「なに、気持ち良すぎて喋れないの」
「…っるさい、です…」
「でっけー目」

こんなにいっぱい涙溜めて、と指で拭われる。

「最初お前のこと見たとき女みたいだと思ったんだよ。細いし小さいし体力ないし」
「…余計なお世話ですよ」
「こいつ本当に大丈夫かって内心馬鹿にしてたんだけどな」

あのキラキラした顔の裏で、そんな風に思っていたなんて。つくづくこの人は性格が悪い。すっかり騙されていた。

「そのくせ人一倍頑張るし。ぶっ倒れそうな顔してるくせに、まだまだやれますって意地張ってついてくるし」
「…」
「そりゃ気にかけたくもなるだろ。応援したくなるだろ。普通さ」

先程と同じように、また額に口付けられた。

「そんで本当に頑張って、ここまで来ちゃうんだもんなぁ」
「…葉山さん」

胸の奥がきゅうっと切なくなる。折角ひきかけた涙がまた溢れだしそうになって、必死で堪えた。

「すごいよ、お前」

たまらなくなって、思わず目の前の体に強く抱き着く。

違う。すごいのは俺じゃない。俺だけの力じゃない。

「深水?」
「…俺が頑張れるのは、あんたがいるからです」
「俺?」

俺が歩く先にはいつも葉山さんの姿があって、どんなに辛くても苦しくても悲しくても、その大きな背中を見れば不思議と勝手に足が進むんだ。

もっともっともっと。追いつきたい。追い越したいなんて贅沢は言わないから、せめて対等に肩を並べられるくらいの存在になりたい。胸を張ってこの人の隣を歩けるようになりたい。

それが俺の原動力なんだ。

この人がいないと、俺はきっとこんなに頑張れなかった。

「俺は、葉山さんに追いつきたいです…葉山さんみたいになりたくて、あぁでもあんたほどすごくはなれないとは思うんですけど、だからそのためには葉山さんがいないと駄目で、でもまだまだ未熟で…」

言いたいことがたくさんありすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。しどろもどろになる俺の耳元で、葉山さんがふき出した。

「お前、何言ってるか分かんねーよ」
「す、すいません」
「それにさ、俺、お前の中で神格化されすぎだろ。別にそこまでして追いかけてもらえるほど大した人間じゃないし」
「そんなこと…」
「…まぁ、大した人間でありたいとは思ってるけどな」
「?」

どういう意味だろう。

「こう見えても、お前の目標とされるにふさわしい男になろうって頑張ってるんだよ」
「え…」
「頑張るお前に負けないように、お前が俺しか見ないようにね」

…俺の、ため?

「葉山さん…」

自惚れてはいけない。分かってる。

でも、聞いてもいいよな?ちゃんと確かめてもいいよな?

「それは、葉山さんの原動力が俺ってことですか?」

もしそうなら、俺は。

「そうだよ」

葉山さんは俺の身体を抱きしめ返し、ふっと鼻だけで笑った。泣きそうな俺をからかうような笑い方だ。いつもならば怒っているところだが、今は逆に彼のその笑い方が愛おしくて仕方ない。

葉山さん。あんた自分がどれだけすごいか知ってますか。

かっこよくて、努力家で、皆に好かれてて。

俺だけじゃない。この人に憧れている人間なんて、いくらでもいる。

「ずるいですよ…っ」

だけどその中でたった一人、葉山さんは俺を見てくれている。

憧れて憧れてひたすら憧れ続けてきた人が、俺のために頑張るだなんて。

――こんなに嬉しいことが、他にあるだろうか。

「俺がどんだけあんたのことを…」
「知ってる。深水がどんだけ俺のことを好きか」

なんなんですか。なんでそんな余裕ぶっこいてんですか。俺はいっぱいいっぱいなのに。

「もう…ほんと黙って下さい…」
「黙るのは俺じゃなくてそっち」

再びベッドに押し戻される。みっともなく涙を零す俺を見下ろし、葉山さんは甘い声で囁いた。

「続き、やらせろ」
「あ…ッ!!」

ぐん、と腰の動きを再開させられ、シーツの上で仰け反る。

「深水」
「んっ、う…あぁっあっ、んっ」
「深水」
「は、はやまさ…っ」

与えられる刺激は熱くて、でもとても心地が良くて、このままずっとこうしていられればいいのにと思った。

「ん、ぁっ、は、葉山さん、葉山さん…っ!」
「なんだよ、そんなに呼ばなくても聞こえてるって」
「おれっ、おれ…嬉しい、です…ッ、ふぁ、はやまさん…んっ、う…!!」
「…あっそ」

葉山さんは優しくない。出会ったばかりの頃とは違う。口は悪いしいつも人のことこき使うし、そのくせ外面だけはいいし。

だけど、俺は。

「お前はずっと、そうやって俺だけを見てればいいんだよ」

言われなくても、俺はとっくの昔からアンタしか見えてませんよ。

end.




名無しさんリクで、深水を甘やかす葉山の話でした。
深水は打合せした後、スタッフとか共演するアイドルの子とかとご飯行こうよって誘われるけど、葉山がご飯作ってるから全部断っていそいそと帰ったはず。
でも葉山が優しかったのはこの日だけで、次の日とかになると「昨日俺があんだけしてやったんだから、お前が朝飯つくれ。あ、目玉焼き半熟な」とか言ってこき使われる。
ツンツンカップルがたまに甘々になるのいいですよね。

リクエストありがとうございました!楽しんでいただけますように!


[ topmokuji ]



「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -