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▼ 王子様の休日

「鳴瀬、デートしよう」

そんな八名川の一言で、俺は折角の休日を一日潰すことになった。

「俺ねぇ、気づいたんだよ。鳴瀬と恋人らしいことあんまりしてないなって」
「そうか?」
「そりゃほぼ毎日一緒に帰ってるし、キスもセックスもしてるけど。そういうのじゃなくてね」

電車のつり革に掴まったまま何の気なしに言う。公衆の面前でセックスとか言うな。

「こうして一緒に出掛けて、同じもの食べて、いろんな景色を共有する。恋人じゃなきゃできないことでしょ?」
「…そんなことしたことないから分からん」

お前ほどモテていたら、そりゃそんな経験もたくさんあるだろうが。生憎俺は恋愛だの何だのには疎い。そもそもデートなんかしたことない。

「あはっ。でも俺も恋人とデートはしたことないよ。鳴瀬が初めての恋人だし」
「女の子と出かけたことはあるだろ」
「うん、まぁ一応は」
「俺はない」

八名川が嬉しそうに笑った。大方「鳴瀬の初めてのデート相手が俺なんて、嬉しい」とかなんとか思っているのだろう。最近こいつの思考が手に取るように分かってしまう自分がいる。複雑だ。

「鳴瀬の初めてが俺かぁ。いい響きだね」

誤解を招く言い方はやめろ。…いや、確かに初めてだが。



「…」

忘れていたわけじゃない。だがまさかここまでとは思わなかった。

「何歳?高校生?」
「いくつに見える?」
「え〜?18くらい?」
「残念不正解ー」

ちょっと目を離せばすぐこれだ。八名川は行く先々でありとあらゆる女性に目をつけられ、絡まれ、あまつさえ遊びに誘われている。慣れているんだろう。奴は軽いボディタッチすらもへらへらと笑いながら軽く受け流していた。

仕方なくその辺のベンチに腰掛けて会話が終わるのを待つ。本当にモテる男っていうのは、ああいう奴のことを言うんだなと変なことを実感した。

人目をひく綺麗な顔。近づきがたい程整った容姿とは裏腹の人懐っこさ。柔らかな物腰。これでモテなきゃ一体誰がモテる。

ぼんやりと眼前の光景を眺めていると、八名川がふとこっちを見た。視線がかち合った瞬間、奴の顔に華が咲いたかのような笑顔が広がる。

――何だ、その顔は。

「お姉さん綺麗だからホントのこと教えてあげる」
「やった。なになに?」
「俺ね、結婚してんの。今日ラブラブデート中だからまたね」
「えっ」
「鳴瀬!」

たかだか数分間離れていただけなのに(しかもトイレ)、そんな風に走って来なくていい。しかも余計なことを言い残してくるな。結婚だのラブラブデートだのは、せめて俺の姿が見えないときに言え。

「声かけてくれたらすぐ戻ったのに」
「別にいい。そもそも待たせてたのは俺だしな」
「鳴瀬にならどれくらい待たされたっていいよ」
「…」

ちらりと目線を先程の女性の方に移せば、既に彼女はこちらに背を向けてどこかへ去ろうとしていた。彼女にとっては好みの男に声をかけることなど日常茶飯事なのかもしれない。そしてその誘いを断られることも。

あの女性にとっても、八名川にとっても、大したことはない些細なこと。

だがそんな些細なことで優越感を感じるのは、俺の経験値が足りないせいだろうか。

こいつの最優先はいつだって俺の方なのだ、と。

「鳴瀬?」
「…ん」
「次どこ行こうか。俺喉乾いたかも」
「八名川」
「んー?」

指でそっと髪を撫でる。普段とは違い少し遊ばせた毛先は、日に透けて少し明るく見えた。

「なに、どしたの」
「髪、なんか今日いつもと違う」
「今更それ聞く?なんてったってデートですから。俺だってお洒落くらいするよ。それとも変だった?」
「変じゃない」
「可愛い?」
「そうだな」

えっ、と八名川が声を上げる。しまった。言うつもりは無かったのに。

「ほ、本当に?本当に可愛い?」
「なんで何回も聞くんだ」
「お願いもう一回言って録音するから」
「馬鹿か」
「鳴瀬!!」

うるさいぞ、お前。

できるだけ冷静な声を出そうとしたのに、照れ隠しにしか聞こえない自分の声色が恨めしい。

「おい、何して…」

するりと八名川の腕が腰に巻き付いてくる。慌てて押し退けようとするもビクともしなかった。ひ弱そうな外見をしているくせに、こういうときだけ無駄に力が強いのは何故なんだ。

「ねぇ、しよ?」
「…」
「鳴瀬が俺のこと可愛いって言ってくれたから、なんかムラムラしてきた」
「どういう思考回路だ」
「俺んち行こ」

折角街まで来たのに、大して遊びもせず戻るのか。俺の手を引く八名川にそう問えば、奴は鳴瀬と一緒なら結局どこだっていいんだ、とまたおかしなことを言って笑った。



細い指が俺の腕に爪を立てる。痛いと思いつつ、そうして縋られることに安堵にも似た感情を抱いた。

「鳴瀬…あの、怒ってる?」
「どうしてそう思う?」
「なんか…今日、ぐいぐい来るから」
「それはお前が…」
「俺が?」
「…」

言いたくない。気まずくなって目を逸らすと、八名川は小さく笑い声を上げる。俺の浅はかな考えなどお見通しなのだろう。

「いつもいつも俺ばっかり妬いてるからね。たまにはいいんじゃない?」
「…わざと見せつけてたのか」
「俺が女の子にモテるのは今に始まったことじゃないでしょ」
「…」
「まぁ普段よりは愛想ふりまいたけど」

やっぱりわざとじゃないか。全く趣味の悪いことをする。それに踊らされていちいちヤキモキしてしまった俺も俺だ。柄に無いことなんてするもんじゃない。深い溜息が口から漏れた。

「呆れちゃった?」
「別に」
「鳴瀬のヤキモチちょー可愛い」
「うるさい」

それ以上からかうような言葉を聞きたくなくて、再びその唇を塞ぐ。

「ん…っ、ん、んんぅ」

媚びるようなくぐもった声が直接身体の中に入り込んできて、ひどく興奮した。息をつく間も与えない程乱暴に舌を絡めながら、腰の動きを速める。

「ぅ、あ…っは、なる、ん…くっ、待っ…」

苦しいのだろう。少しだけ口を離してやると、八名川は息も絶え絶えな様子でぐったりとベッドに沈み込んだ。薄い胸が呼吸に合わせて上下している。

「お前、下手になったな」
「ちがうよ…そっちがうまくなったんだってば…」

それは褒め言葉だと受け取っていいものか。まぁいい。力の抜けた身体を両腕で抱きしめれば、八名川は囁くように言った。

「…嬉しい」
「嬉しい?」
「今日の鳴瀬ガツガツしてるから。求められてるって実感できて嬉しい」

もっとして、と強く抱き着かれる。俺は不覚にもこの男のことを可愛いと思ってしまい、言葉が口から自然と零れ落ちた。

「お前が嬉しいなら、何度だって求めてやる」
「え…んんぁっ!」
「だからもう、あんなことするなよ」
「うぁっ、ん、ん…っ、ふ、んん!」

硬く張りつめた切っ先を、熱く蠢く内側に擦りつける。肌のぶつかり合う音と水音とが混ざり合う中、八名川は何度も頷いた。

「わか…ったぁ、しない、しないからぁ…あっ!あぁっ!」
「それでいい」
「ああぁっ、も…ッきもちい、なるせぇ、んん―――ッ、っう、あぁっあ、きもちぃよ、んっ」

腰を突き入れる度に面白い程に跳ねる身体。その中性的な顔と釣り合いのとれた、白くて綺麗な肌。

この男のこんな姿を見ることができるのは、自分だけだ。今日会ったあの女性たちは、こうして乱れるこいつの姿を知ることはできない。恐らく、一生。

「八名川」
「んっ、あっ、あぁぁっ、ひうっ、んん、な、なに…っ?」

可愛いなと耳元で囁けば、一層強く締め付けられる。思わず熱い息を吐いた。

「おい…っ、あんまり締めるな」
「だって、だって、鳴瀬がそんなこと言うから…」
「お前だっていつも俺のこと可愛いって言うだろ」
「そういう問題じゃなくて、あぁもうどうしよ…すっごい好き。大好き」

泣きそうな声で縋り付いてくる八名川。いつも疑問に思う。どうして俺なのか。こいつは俺のことを好きすぎじゃないのかと。容姿で言っても性格で言っても、俺なんかじゃ到底八名川には釣り合わない。

だが八名川は俺が好きで、俺も八名川が好きで。他の誰かのものになるこいつの姿なんて見たくない。

これが独占欲というものなのだろうか。だとしたらなんて面倒な感情だ。

「…もう黙れ」
「んぅっ、う…っ」

口を塞いだまま、ラストスパートとばかりに律動を開始させる。

「んあ゛っ!!んっ、う、はぁっ、あっんんん!んく…ッ!あぁ、う、んっ」

唇の隙間から切羽詰ったような声が漏れ出て聞こえた。搾り取るように不規則な収縮を見せる腸内をただひたすら掻き分けていく。

「中、出すぞ」
「んはぁぁっ、あ、うんっ、んんっあぁっ、いいよ、出して、あぁもういくぅ…ッ!!」
「…っ」
「ん゛ん゛―――ッ!!」

ガクンと首を仰け反らせながら八名川が精を吐き出した。そのすぐ後に俺も白濁を注ぎ込む。濡れた中を掻き混ぜるように軽く腰を揺すると、八名川はまたいつものように気の抜けた笑みを浮かべた。

「あは…すっごい出たね」
「お前もな」
「ちゅーして」
「ん」

軽く触れるだけのキスを一回。そして孔に入ったままの自身を抜こうと腰を引きかけたが、長い脚に巻き付かれ阻まれる。

「おい」
「鳴瀬さぁ」

ぐいと無理矢理俺の首を引き寄せた八名川が、綺麗な唇を歪めながら言った。

「まだ足んないって顔してるよ?」
「…」

――全く聡い男だ。気付かなくていいのに。

「…覚悟しろよ」

小さく呟いてから、俺は再び奴の上に覆い被さった。

end.




名無しさんリクエスト「秘密の王子様学校以外でのお話」、名無しさんリクエスト「鳴瀬の嫉妬」でした。こちらの都合上お二方のリクエストを統合させていただいたのですが、どうぞご了承くださいませ。
八名川はMなので乱暴にされると「あぁ俺この人のものなんだ」と喜びます。今回鳴瀬が嫉妬して苛々してるのを見て内心物凄く興奮していたはず。
でも鳴瀬はそんなに嫉妬深くないし、そもそも八名川は鳴瀬にゾッコンだから心配する必要がないし、事が終われば満足して「じゃあまた学校で」とかなんとかでさっさと帰っちゃう。
「えっ、待って鳴瀬もっといちゃいちゃしようよ!!」「もう十分しただろ。俺は疲れた」「疲れたって何!?」みたいな…。

久しぶりにこの二人を書けて楽しかったです。素敵なリクエストをありがとうございました!


[ topmokuji ]



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