▼ 救いようが無い
漏れ出る自分の声をどこか遠くで聞きながら、俺は必死で腕を伸ばす。
「はぁ…ッ、くそ、がぁ…っ、くそ、抜け、抜けってぇぇ…ぃあっ、う…んんぅっ、ふ、ん」
「いや、だ…っ、お前だって、気持ちいいくせに、強がるな」
「あうっ、あ゛っふ…ぐ、気持ちよく、ねぇよ…!」
ぬぷぬぷと激しく腰を揺すられ、頭のてっぺんから爪先へと電流のような強い感覚が走り抜けていった。時折目の前が白く光って見える。
「あぐっ、ぅ…あぁッ、あ゛!あっ!あぁぁ…っ!!」
「っ、い…!」
伸び切った手の爪を柔らかな肌に食い込ませてやると、奴の表情が醜く歪んだ。流石に痛いらしい。
「は、はは…っ、ぁ゛、うぅ、ひぐ、んっ、ん゛ん゛、あ゛――!!」
はは、いい顔だ。不細工。
ゾクゾクと背筋を駆け抜けていく悪寒にも似た快感。思わず笑いを零すと、それと同時に涙も溢れ出した。
「はぁぁ…っ!あ゛ッ、あッ、あッ!」
途端に激しくなる突き上げに悲鳴をあげる。滲む視界に映る奴の表情は、欲と熱にまみれ歪んでいた。人が泣くところを見て興奮するなんて、こいつも大概悪趣味だ。
「う、くっ、はぁ、まだか、まだ…っ」
「まだに、決まって…あぅう゛、んだろ、あっ!もっと、激しくないと…イけないぃ…っ!!」
どうしても俺を先にイかせたいらしい奴は、歯を食いしばりながら必死で腰を振っている。
「い…っ、あぁ、やば、やばぁ…っ!!う、うぅ、ンんん゛…!!」
ぐじゅっぐじゅっずぶっずぶっ
あぁ、やばい。やばいとこまで入ってきてる。ガチガチに硬くなったチンコが、俺のケツを犯してる。
俺はこいつを嫌いなのに。嫌いな奴とセックスして、バカみたいに喘いで、女みたいな声で叫んで、それが死ぬほど気持ちいいなんて。
「ひはッ、ぁ、あう、あ、あぐぅ…!!」
俺の顔は鼻水やら涎やらでぐちゃぐちゃで、とても見れたものではないだろう。だが奴はそんな俺の名前を何度も何度も囁いた。
「すばる、すばるっ、すばる…!」
「いぎ…ッう、ん゛ん゛ん゛ぅ、あぁ!」
ごつごつと骨がぶつかるくらいに強く打ち付けられた。狂いそうなぐらいの快感に全身を引き攣らせ、か細い声で言う。
「噛んで、くび、噛んで…ぇッ」
それを聞いた奴が、大きく口を開けた。そして腰を振り続けながら身を屈め、俺の首筋に思い切り歯を立てる。
「あ゛――――ッ!!あ゛ぁう、あ、ぁ、いぐ、イぐぅ…ッ!!」
強い痛みを感じたその瞬間、目の前が真っ白に光った。ガクンガクンと腰が勝手に跳ね、濡れそぼったチンコから精液が噴き出すのがわかる。
「うぁ…ッ、あ、出る…!」
「やめ、中…出すなぁ…!!」
収縮する内壁に堪え切れなくなったのか、奴は最奥まで深く深く押し入り射精した。
「は…っぁ゛、あっ、あ…、うぅ」
びゅるびゅると濃い液体を吐き出している間も中をかき混ぜることはやめない。おかけで絶頂感が収まらず、俺ははくはくと浅い呼吸を繰り返す。
――出された。中に。
いくら注いだって、いくらぶちまけたって、男の俺には何もできない。意味がない。
こういうの、無駄打ちっていうんだっけか。
「ははっ、は…」
渇いた笑いを零す俺を見て、奴は薄く瞳を細めた。
「…満足か?」
うっとりした気持ちで口を開く。
「…さいっこう…」
コイツ、マジで才能ある。俺の要求なんでも叶えてくれるし、むしろなんかノリノリだし、楽しんでるし、最高。
「お前、本当にこういうの好きだよな…」
呆れたような声で彼が言う。
ひどくされたり蔑まれたりするのが大好きな俺は、いつもいつも彼に激しいセックスを強請るのだ。
嫌いな奴といやいやセックスしてるのに、気持ちよくてたまらない。それが俺のお気に入りのシチュエーションだった。ほんの少しの背徳感が、羞恥心と被虐心を絶妙な加減で刺激してくれる。
「好き好き。ひどくされると興奮する」
「俺は普通の方がいいんだが…」
「無理。絶対イけない。お前普通にやるとヘタクソだし」
軽く息を吐きながらそう言うと、奴は少し不機嫌そうに顔を顰めた。ヘタクソだと言われたのが気に入らないらしい。
「俺はヘタクソじゃない。ふつうだ」
「ふつう、ねぇ」
普通の奴はこんなめんどくさい相手に興奮しないと思うんだけど。
「ねぇ」
「ん?」
未だ俺に覆いかぶさったままの彼の胸を、指先でなぞる。しっとりと汗で濡れた肌の感触が心地いい。
「すき」
「…」
ぼふ、とその顔が一気に赤く染まった。
「な、な、なんだ急に…そんな、今まで言ったこと…」
「別に。ただ好きだなって思ったから言っただけ」
「そう、か」
頬は紅色に染めたまま、口元をだらしなく緩ませる彼。
「はは、やばい。にやける」
「…きも」
…そんなに嬉しいものかね。
確かに今まで好きだなんて1度も言ったことはなかったけれど、こんだけ一緒にいたら言葉にしなくとも伝わるだろうに。
まぁ、相手の気持ちが知りたいとか、口に出して言って欲しいって気持ちは、わからなくもない。
「お前はどうなの」
「え?」
「俺ばっかに言わせるなよ。お前こそ今まで言ったことないだろ」
「あぁ」
あぁ、じゃないよ。言えよバカ。
「好きだ」
「…」
「すごくすごく、好きだ。多分お前が思っている以上に」
なにそれ。すごくとか多分とか、そういう曖昧な言い方嫌いなんだけど。
「ふーん…」
努めて冷静な声を出し、わざと不機嫌そうな表情を作ってみせる。柄にもなく胸が苦しい。なんだか悔しいので先程のセックスの最中と同じように背中に爪を立てた。
「痛い」
「痛くしてんの」
「…」
「…」
痛いと言う割に、奴の顔には笑みが浮かんでいる。その不格好な笑顔をじっと見据えながらさらに指先に力を込めると、爪の隙間に皮膚が食い込む感触がした。
「昂」
「なに」
「楽しいか、それ」
「…うん」
楽しいよ。お前が俺のものだって実感できるから。
この背中も、この皮膚も、その下にある血液も、細胞も、全部。彼が俺を好きだということはつまり、彼の全部が俺のことを愛しているということなのだ。
きっと俺もこいつと同じような不格好な笑みを浮かべているのだろう。唇が自然とつり上がっていくのが分かった。
そんな俺の様子を見た彼が少し身をかがめ、耳元で囁く。
「もっと痛くして」
「…」
――何が普通だよ、馬鹿め。お前も結局変態だ。