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▼ 僕と彼の話A

「古川さん」
「にっ…新田くん」

良く晴れたある日曜日のこと。久しぶりに買い物にでもと出かけた先の本屋で、何故か新田くんに遭遇した。

「どうしてここに…」
「参考書を見ようと思って」
「あぁそうか。受験生だったね君」

その割に勉強しているようには見えないけれど。まぁ僕が口出しすることでもないか。

「古川さんは何してるんですか」
「好きな作家の新作が出たから、それを買いに」
「そうですか」
「うん」

何故かそのまま僕の隣に並ぶ新田くん。嫌な予感がしてこめかみが引きつった。

「…用が終わったなら早く家に帰って勉強した方が良いと思うよ」
「まだ終わってません」
「じゃあ僕はお先に失礼しようかな」

立ち去ろうとした僕の手首を、彼の手が掴む。ほら来た。

「古川さん」
「いやだ」
「このあと」
「無理です」
「ちょっとだけ」
「具体的に言うと何分くらい?」
「3時間くらい」
「ちょっとじゃないよそれ」

必死になって振りほどこうとするも、彼の手はビクとも動かない。力が強すぎる。怖いこの子。

しばらくそうして攻防戦を繰り広げていると、どこからともなく気の抜けた音がした。

「…今の、新田くんの?」

お腹の鳴る音だった。

「…」
「…」
「…」
「お腹空いてる?」
「…はい」

――なんだ、ちょっと可愛いところあるじゃないか。

少し気まずそうな表情を浮かべる新田くんに、僕は小さく笑い声を漏らしたのだった。



「ファミレスで良かったの?もっと他に美味しい店とか」
「いえ、十分です。古川さんこそいいんですか」
「何が?」
「奢ってもらっても」
「僕の方が年上だし、お金のことなんか気にしなくていいよ」

ファミレスで払う金額なんてたかが知れてるし。

「美味しい?」
「はい」

運ばれてきたハンバーグステーキを黙々と食べる彼。その食べっぷりはまさに思春期の男の子といった様相である。見ていて気持ちがいい。

「よく食べるね」
「頭使うと腹減りませんか」
「はは、そうだね。勉強頑張ってるんだ」
「いい大学入って勉強して、古川さんと同じ会社に入りたいと思って」
「それは嬉しいな。うちの会社みたいな分野に興味あるの?」
「俺が興味あるのは古川さんです」

飲みかけていた水を噴き出してしまった。

「ごほ…っ」
「大丈夫ですか」
「だ、大丈夫、だけど…急に変なこと言わないでくれる?」
「変なことなんか一つも言ってませんけど」

言ったよ。僕に興味があるってどういうことですか。

「あのねぇ新田くん。何度も言うけど、僕は君とそういう関係になるつもりはないから」
「でもキスは許してくれますよね。身体を触るのも」
「そ…っれは、君が無理矢理…」
「逃げ道を塞いだつもりはありません」
「そうじゃなくて…」

確かにいざとなれば逃げることだって可能だけど、でもそんなことしたら新田くんは傷つくんじゃないのかな。

ごにょごにょと口の中でそんな趣旨のことを呟くと、彼は少し不機嫌そうな顔をした。

「変な同情はやめてください。嬉しくない」
「…同情、とは違うような」
「じゃあなんだっていうんですか」
「僕が嫌なんだよ。君のこと結構好きだから、自分のせいで傷つくなんてことはしてほしくない」
「…好き?」
「あっ、あの、好きっていうのは人間的にって意味で…!違うからね!?恋愛じゃないからね!?」

勢いに任せて変なことを言ってしまった。慌てて訂正する。

「古川さん」
「は、はい」
「好きです」
「えっ」
「別に傷ついたりしないんで、嫌だったら言ってください」
「ちょっ…」

すり、と彼の指が手のひらを撫でた。そのまま指と指を絡ませ合い、所謂恋人つなぎの状態にさせられる。

「誰かに見られたら困るだろ…やめなさい」
「俺は困りませんし、拒む理由に関係ない人を持ち出すのはずるいです。古川さんが嫌か嫌じゃないかが聞きたい」
「嫌に、決まって…」
「本当に?」
「う…」

新田くんの視線が突き刺さる。

全てを見透かしたような真っ直ぐな視線が。

「…ずるいのは、君の方だろ…」

処理できる許容量を超えた状況に、僕はただだらだらと変な汗をかきながら突っ伏すことしか出来なかったのだった。



「あ…っ、あっ、いやだ、いや…はぁ…ッ」

膝が震えて立っていられない。無理矢理頭を引きはがそうとするも、手に力が入らない。

「そんな弱々しい抵抗、無駄ですよ」
「こんなとこで、誰か来たらどうす…うぁぁっん!」

じゅっと音を立てて吸いつかれ、小さく腰が跳ねた。

そう、僕は今、新田くんにフェラなるものをされているのである。しかもここは外だ。いくら人気がない寂れた公園だからといって、誰も来ないわけじゃない。誰かに見られたら確実に僕の人生が終わる。

「新田くん、頼むから…」
「…誰も来ませんって。あとここ、道からは死角になってますし」
「そういう問題じゃない!」
「…」

あ、無視したこの子。

再び彼の口内に先端を飲み込まれ、ゾクゾクとした感覚が背筋を走る。フェラなんて別に初めてじゃないのに、必死にならないと声が勝手に漏れ出てしまう。

「ふ…っう、うぅ…ん…っ、んっ、んっ」

じゅぷっじゅぷっと根元から先までの激しいストローク。こんなテクニックを覚えるより、英単語のひとつでも覚える方が先だろと涙目になりながら思った。

「気持ちいいですか?すごい濡れてますけど」
「濡れ…っ」
「出していいですよ」

いやよくないです。

「んん…ッ、ん、く…ぁっ」

心の中で抗議するも虚しく、巧みな口淫にとうとう射精してしまう。ビクビクと小刻みに身体が震え、無意識のうちに彼の頭を押さえ込んでいた。

「ごっ、ごめん、僕…」

息を切らして謝る僕に、新田くんは首を横に振ってみせる。そして当然の如くその口の中に溜まった精液を飲み干した。

ごくりごくりと規則的に動く喉元。目を逸らして尋ねてみる。

「…それ、まずくないの?」

いつも飲むけど。

「おいしくはないです」
「じゃあ飲まないでよ」
「もったいない」
「…」
「…」

反応に困る。

彼はしばしの沈黙を保った後、ふと何かを思いついたように再び口を開いた。

「えぇと、ご馳走様でした。ハンバーグも」
「ハンバーグと同列でお礼言わないでくれる!?」

嬉しくない。全くもって嬉しくない。むしろ微妙な気持ちになる。

「じゃあ」

立ち上がった新田くんが、わざと湿っぽい音立てながら僕の唇に一つ口付けを落とす。

「…なに、今の」

口内にほんのりと広がる何とも言えない味に顔を顰めてしまった。何が楽しくて自分の精液なんか。

「好きって言ってくれたお礼です」
「言ってないよ」
「言いましたよ」
「だからさっきのは違うって!あと勝手にキスしないで!」
「した後に咎められても」
「…」
「この後暇ですか?もう少し一緒にいましょう」

僕の手を引き歩き始める新田くん。その後ろ姿は心なしか嬉しそうで、楽しそうで。

「はぁ…」

どうあがいたっていつの間にか彼のペースに巻き込まれてしまう自分に、がっくりと項垂れた。

――このままじゃいけないと思うんだけど、一体どうすればいいんだろう。


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