▼ ドントクライハニー
俺の恋人は、泣く。本当によく泣く。
泣き虫だとか気が弱いとかじゃなくて、セックスの話である。
「うう…っ、あ、あぁっ、ん、ぅ、う…っふ、ぁ」
「…」
大粒の涙で頬を濡らし、なおかつ震えるような声で喘がれればそりゃ心配にもなる。突き上げていた腰の動きを止め、恐る恐る顔を覗き込んだ。
「あの…痛い、とか…?」
前戯は念入りに行っているつもりだし、たっぷりローションも使っているし、おまけに何度も何度も行為を重ねているわけだから今更キツいということはないはずなんだけど。
…っていうかさ、俺が下手なのかなって思うじゃん!?男としての自信失うじゃん!?
そんな俺の心配を知ってか知らずか、彼は瞳にいっぱい涙を溜めたままふるふると首を横に振った。
「ち、ちが…ちがうぅ…痛く、ないからぁ…っ」
「でも、毎回泣いてる」
「これは、その…」
「気とか遣わなくていいし、痛かったらちゃんと言って。俺だけ気持ちいいのとか嫌だから」
汗で湿った髪を撫でつつそう言うと、後ろに埋め込んだままのモノがきゅうっと締め付けられる。
「っ、ちょ…何…あんま締めないで…」
「お、お、お前が、変なこと、聞くから」
「変なことって?」
「分かってるくせに…!」
不満そうな目できつく睨まれた。目に張られた薄い水の膜が今にもこぼれ落ちそうで、ちょっとはらはらする。
「分かってるって、なにが?」
「だから…っ」
「?」
頭の上に疑問符を浮かべたままの俺に、彼はもどかしそうにしがみついてきた。そしてがぷりと耳を噛み、小さく呟く。
「よすぎて泣いてんだよ、バカ」
理解するまでに数秒の時間を要した。
「…ほんとに?」
「こんな恥ずかしい嘘つくかっ」
よすぎて泣いてる。そんな殺し文句のようなことを囁かれて止められる男がいるだろうか。ましてやそれが、普段素直とは言い難い恋人の言葉ならば尚更である。
あぁもう、と心の中で舌打ちして覆い被さる。中のモノの角度が変わったせいか、彼が声もなく仰け反った。
「ば……っか、いきなり、そんな…」
「今のは俺、悪くないよ」
構わずに抽送を開始させる。ばちゅばちゅと濡れた音がして、そのやらしさがまた動きを加速させていった。
「んはぁ…ッあ、う、あぁ…ん、んっんっ、あ、ぁあ!」
激しいピストンのせいで、彼は啜り泣くの域をこえ最早泣きじゃくっている。今にも溢れんとしていた涙は揺れに耐えられず零れ落ちて、その頬を次々と濡らしている。
「待っ…ぁああっ、ば、ばかっ、んぁっ、もうちょっ…ゆっくり」
「無理、だよ…」
「俺のが、無理ぃ…ッ!!あ、はぁぁ…!!も、もう、無理、むりむり…ひうぁぁっ!!」
硬くなった切っ先でごりごりと内壁を抉ってやると、腹の間に濡れた液体がぶちまけられた。どうやらもう達してしまったらしい。
「あっ、あっ…ばか、ばかぁ…イっちゃ…」
ガクガクと小刻みに震えながら泣く。絶頂の余韻で頭が真っ白になっているのか、目の焦点がうまくあっていない。
「い…っあ、きゃううっ、ばかっ、も、今イったから、突くなぁぁ…ッ!!あっあっ、あっ…や、やだぁぁ!!」
「ん…もうちょい、で、俺も、イくから」
「んぁぁぁっ、あっはうっ、う、ぁ…ッんんぅ、ふ、んっんぐ…っ!」
敏感なところを攻められるのは辛い。それは重々分かっているし、できるだけ優しくしたいのも本当。だけど今は止められる気がしなかった。
自分の欲望のままにひたすら腰を突き入れる。奥へ。奥へ。もうすぐで一番気持ちのいい場所に手が届く。
「あーッもう、もうやぁぁ…っひぁ、しぬ、しぬぅ…おかしくなるぅぅ…ッ!!」
「あ…っ、すご、いい、すごい、やばい」
泣き声に快楽による甘さが乗っている。いつもと違う声。気持ちよくてたまらない。そんな声だ。
もっと早くに気づいておけば良かった。こんな可愛いとこを何度も見逃した自分が恨めしい。
「ま、また、またいく、いく、いく」
「んん…もう少し、待って」
「いや、あぁっ、まっ、待てない、ん、んんぅ、いかせて…いかせてよぉ…ッ」
「だーめ」
突き上げるような動きから、腰をぐりぐり回すだけの動きにシフトする。気持ちいいが絶頂には届かない。そんな動きだ。
「やっ、や、早く、早く奥…っして、して」
「でも泣いてるから、かわいそうで」
「さっき、言っただろぉ…っ!痛いんじゃなくて、いいから、泣いてんだよ…ッ」
「俺に気遣ってない?」
ぶんぶんとちぎれんばかりに首を振って否定する。早くイきたくてイきたくて仕方がないのだろう。可愛くて可愛くてもう完敗だ。
「こう…?」
「あはぁ…ッ」
ぐり、と一度だけ強く強く内側を穿つ。胸を突き出すように反らした彼の性器からは、また薄くなった精液が噴き出した。今の刺激だけで軽く達したようだ。
「えっろ…」
呟いてその唇を舐めれば、涙の味がした。しょっぱくて甘くて、最高に興奮する。
「い…っあぁ…あっ!あっ!」
腰を抱え上げて突き落とすように掻き混ぜる。じゅぶじゅぶと結合部が泡立っているのが見えた。
「んっ、あ!ま、待って、待ってって…ッ今さっきイった、イったからまだ…」
「早くって言ったり、待ってって言ったり…どっちなの」
ギリギリまで引き抜いて、一気に根元まで埋め込む。口では待ってと言いながら、抜いて欲しくないとばかりに締め付けてくるのがまたやらしい。
はぁ、はぁ、と自分の呼吸が荒くなっていくのが遠くで聞こえた。彼の視線が俺の顔に向いているのが分かる。今自分は動物のような表情をしているんだろう。きっと本能と欲情にまみれた表情だ。
「あぁ、もう…出そう…っ」
「んっんっ、んっ…!ぁあ!あ、うう!いい、あ、すごいぃ、もう、もう、止まんな…ッ」
「んん…っ」
「ンぁぁあ…!!」
もう無理。イく。そう思った瞬間、びゅるびゅると精液が流れ出ていった。
「はー…やば…きもちい…」
「あ、ぁ、あ…っ、は、うぅ…」
射精の間もゆるゆると腰を送り続け、余すことなく快感を貪る。
しばらく余韻に浸ってから掴んでいた腰を離し解放してやると、彼はもう動けないとばかりにぐったりと四肢を投げ出した。
「ばか…ばか、バカ、馬鹿…」
罵る声も掠れている。あんだけ泣きじゃくれば当然か。
「無理させた?」
「あ、当たり前、だろ…っ」
ちゅ、と額にキスをする。今度は汗の味がした。
「すごくよかった」
耳元で囁けば、可愛い恋人はたっぷりと時間を空けた後で「俺も」と泣き腫らした目で笑った。