▼ 日常
コーヒーの匂いが部屋中に充満する。それにつられたのか、寝癖の残る頭をかきながら修也さんが起きてきた。
「おはようございます」
「んー、おはよ」
普段は高そうなスーツを着て、ノンフレームの眼鏡をかけ、完璧なエリートサラリーマンといった印象を与える彼の無防備な姿は、普段が普段だけになんだか別人を見ているようだ。
でも、僕は平日の修也さんよりこの修也さんのほうが、何倍もスキ。
「コーヒー淹れますね」
「あぁ」
キッチンから声をかけると、彼はまだ眠そうな目のまま頷く。それからソファに腰を下ろし、テレビのチャンネルをザッピングし始めた。
「はい」
「ありがとう」
「ミルクもお砂糖もいっぱいにしときましたから」
「助かる」
会社ではイメージが、とかなんとか言って無理矢理ブラックやノンシュガーのコーヒーを飲む修也さんは、実は結構な甘党である。イメージなんか気にしないで自分の好きなものを飲めばいいのに、と思う。でも彼は頑として譲らない。
湯気の立ち昇るマグカップをテーブルに置き、僕もソファに腰掛けた。色違いのマグカップは、もう何年も使っているものだ。お揃いとかカップルみたい、と最初は笑ってしまったが、今ではこれじゃなきゃ何だか落ち着かない。いや実際カップルなんだけど。
「どっか行くか?」
「え?」
彼が指さす先のテレビ画面に映る、今日は行楽日和、という文字。
窓の外は確かに晴天。最近愚図ついていた空模様が久々に日の目を見せたらしい。
「…気にしてるんですね」
このところ修也さんは仕事に追われていて、すごくすごく忙しそうだった。実はこうしてきちんと顔を合わせること自体も、結構久々だったりする。
それを申し訳なく感じているのだろう。出かける誘いなんて滅多にしないのに、無理をしていることがばればれだ。
「いいんですよ。折角のお休みなんだから、ゆっくり体を休めてください」
「でも」
「僕は今、結構幸せなんで」
ぽすん。すぐ隣の肩にもたれかかる。ごつごつとした感触が頼もしく感じられて、その心地よさにそっと目を閉じた。
これだけで満たされちゃうんだから、僕って大分単純なのかも。
「ん、」
上から優しく口付けられる。甘ったるいコーヒーの味が口内に広がって、頭がくらくらした。
「にっが…」
「はは、嫌ですか?」
砂糖はいれない。ミルクだけ。僕の舌に残るコーヒーの風味は、彼の口に合わないらしい。少し眉を寄せた修也さんはなんだか子供みたいでとってもかわいい。
「嫌じゃ、ない」
だからもっとしていいよな?
低い声で囁かれ、僕は微笑みながら彼の首にしがみ付いた。