▼ 愛して、囲って、閉じ込めるD
「じゃあ、行ってくるからね」
「うん」
「戸締りはちゃんと確認すること。それから、幸ちゃんは隆くんの傍から離れちゃ駄目よ」
「分かってる」
心配性な母親の言葉に、俺はうんうんと何度も頷く。今日はクリスマスイブ。たまには夫婦でどこかへ行こうか、と父と母は仲睦まじく出かけて行った。今夜は都内のホテルに泊まるらしい。
最初は俺を残して出かけることを渋っていた二人だが、弟の「兄さんのことは俺に任せてよ」という自信たっぷりな一言に押され、何年かぶりのデートの決行に踏み切ったようだ。数週間前からうきうきとご機嫌な母さんの姿は、我が親ながらなんだか見ていて可愛らしくもあった。
「わぁ、これ全部兄さんがつくったの」
「うん。まぁ、味は美味しいか分からないけどな」
「美味しいに決まってる」
クリスマスらしくいつもより少し豪華なメニューを食卓に並べる。鶏肉と野菜を赤ワインベースで煮込んだスープと、サラダと、フルーツケーキだ。二人だけなのでそんなに量は多くない。
「兄さん、食べさせて」
家族で食事をするときはダイニングを使うが、今日は二人だけなのでリビングのローテーブルを使うことにした。向かい合って食べようとしたら、兄さんの場所はここだとその足の間にすっぽりと収められる。後ろから抱きしめられるような体勢だ。
自分で食べられるくせに、隆幸は俺がその食べ物たちを差し出すのをいちいち待っている。しかも言われた通りに食べさせてあげる度、にこにこと嬉しそうに表情を綻ばせた。
「すっごく美味しい」
「本当か?」
「うん…嬉しい。俺のためにつくってくれたんだよね」
そもそも俺が料理を始めたこと自体が隆幸に起因するので、何も今日に限ったことではない。まぁ自分でもここまでできるようになるとは思わなかったが。でも料理というものは総じて楽しい。
「兄さんの料理大好き。世界で一番美味しい」
「そんなことないだろ」
「あるよ」
「んっ」
ちゅ、と首筋に口付けられる。途端に身体は熱を帯び、先程までの和やかな雰囲気が一気に甘いものへと変わってしまった。
「…初めてだね、二人きりのクリスマス」
「ん」
「プレゼント、くれる?」
「え…」
そうだ。クリスマスと言えばプレゼントではないか。すっかり忘れていた。あわあわと焦る俺に、隆幸は優しく笑う。
「俺に兄さんをちょうだい」
「俺を?」
「うん。兄さんには俺をあげるから…駄目かな」
駄目じゃない。小さく首を横に振った。俺は隆幸が傍にいてくれるだけで幸せなのだ。他には何もいらない。隆幸がいなくなったら生きていけない。
そしてそれは、俺だけの思いではない。そのことを最近ようやくじわじわと理解できるようになった。俺が隆幸を欲しているように、隆幸も俺を…俺だけを欲している。
熱っぽい瞳で見下ろされ、身体が歓喜に震えた。何もしていないのに、勝手に口から吐息が零れる。
「どうしたの?すっごく可愛い顔してる…」
「たか、ゆき…」
「ん?」
とろけそうなくらい甘い声に、心臓が鷲掴みにされたような苦しさが広がった。俺の身体は変になってしまった。隆幸の全てに反応する。欲しくて欲しくてたまらない。いくら与えられても、渇いて飢えて仕方ない。
「ん、ぁ…」
ぬる、と口内に二本の指が入り込んできた。舌先に感じる甘い味。ケーキのクリームだろう。
「美味しいでしょ?」
つくったのは俺なのに、何故か隆幸の方が誇らしげな様子を見せているのが何だか面白い。
「んっん、ん、ふぁ」
「やらし…」
夢中になって差し込まれた指を貪る。閉じきれない口の端から唾液が零れていった。それを舐めとっていく彼の舌。ゾクゾクとした快感が背筋を走った。
「そんなに舐めたらふやけちゃうよ」
「んぁ…だ、だって…」
「可愛い、兄さん」
ぎゅう、と後ろから強く抱きすくめられる。回された腕にしがみ付きながら、俺は疼き始めた身体をもじもじと揺らした。
「た、たかゆき、あの」
名前を呼んだだけなのに、隆幸は全てを見透かしているかのように笑う。
「…プレゼント、欲しい?」
「ほ、ほしい、隆幸が、ほしい」
いいよ、と低く囁く声がした。
*
「ひ、あぁぁっ、あ、あぁっや、や、それ、んぁぁぁ!!」
「これ、好きでしょ」
「あ―――ッ!!」
その長い指で強く中のしこりを捏ねくり回され、ベッドの上で何度も何度ものたうつ。ローションというものを塗り込められているため、ぬちぬちと濡れた音が耳に響いた。
「んぅっあっあっひ、んぁっ、は、そこばっか、やっ、やめ、ぁううっ」
「気持ち良くない?だめ?」
「ちがっ、も、おかしくなるぅぅッ、や、ぁああっ、おく、おくにしてっ、おく、こすって」
泣きながら懇願する。このまま弄られていたら、本当に変になってしまう。
何故だろう。記憶が曖昧になってしまうようないつもの激しいセックスより、ただただ肌を合わせているだけでいいと思った。その熱い塊を自身の孔に埋め、そのままじっと抱きしめあっていたい。
クリスマスだから、なんて意識が気づかないうちに働いているのだろうか。
「奥、擦っていいの?」
「んっん、おくがいい、して、して」
覆いかぶさっている隆幸の腰に脚を絡め、ぐっとこちら側へ引き寄せる。屹立している性器の感触に興奮して、中に入ったままの指を締め付けた。この大きなもので奥を突かれたら、一体自分はどうなってしまうんだろう。
「…もう我慢できない?」
強請ろうと必死な動きを咎めるような声。堪え性のない自分に呆れてまったのかもと一抹の不安がよぎるが、その表情を見れば無用の心配だったことが分かる。
――隆幸、すごく、優しい顔してる。
すっきりとした瞳がこちらを見つめていた。その奥底には甘さや愛おしさが滲んでいて、どれだけこの人が俺を大切にしてくれているかが伝わってくる。もしかしたら、自分もいつもこんな顔をしているんだろうか。だったらいいなと思う。
「隆幸」
「ん…?」
隆幸、隆幸、隆幸。たった一人の俺の弟。俺だけを見てくれて、俺だけを愛してくれる唯一の人間。
この選択は正しいとは言い難いかもしれない。いやむしろ間違っているだろう。
でも、でも、俺は。俺は、間違いなく、絶対に。
「隆幸、愛してる」
何度も口にしたことがある言葉。この人を繋ぎとめようとするたび、必死で囁いた言葉。いわば刷り込みのようなものだった。愛してると言えば、隆幸は俺の傍にいてくれるような気がしたんだ。
だけど、今は違う。言葉だけじゃない。
俺は隆幸を愛している。隆幸の全てが俺にとって宝物だ。俺の全てが隆幸だ。
こんなにも狂おしい思いを抱かせてくれるのは、世界中どこを探してもお前しかいない。
「愛してる」
お前はそれだけ分かってくれていたらいいよ。俺はただこの気持ちを伝えたいだけだから。
「…うそ」
「うそじゃない」
「兄さんの愛してると、俺の愛してるは違う」
「それのなにが悪いんだ」
自分の気持ちと相手の気持ちが同じだなんて、どうやったって分からない。もしかしたら全く同じかもしれない。もしかしたら全く違うかもしれない。
でもそれでいい。同じだって違ったって、自分がそれを「愛」だと思うならば、それこそが真実だ。他の誰にも変えることのできない事実だ。
「…そうだろ?」
腕を伸ばして、その柔らかい髪を優しく撫でる。暗い部屋の中で、隆幸がくしゃりと泣き出しそうに顔を歪めたのが分かった。
「兄さん、兄さん、ゆきひろ…っ」
愛してる、と掠れた声が聞こえる。もう何度も聞かされたはずの言葉が、じんわりと心に染み込んでいくような感覚がした。
「…うん、知ってる」
知ってるよ。お前がどれだけ俺を愛しているか。空っぽだったはずの心はいつの間にか満杯で、後から後から気持ちが溢れだす。それでもまだ足りなくて、いくらだって欲しいと願う。
「隆幸、キスして」
言いながら顔を寄せると、奪うように激しく口付けられた。あっという間に蕩けてしまう思考と身体。
「ん、んん…あ、あっ、ん、ふ…」
「はぁ…」
舌を追いかけて、追いかけられて、夢中になって絡め合う。零れていく唾液はもはやどちらのものか分からない。その境界線の曖昧さがいやらしくて、気持ち良くて、どうにかなってしまいそうだ。
「ふぁ、ぁっ…んぅ、う…ッ」
「んんっ」
互いの吐息が甘い。一旦静まっていた熱が蘇ってきて、孔口がうずうずと物足りなくなる。唇をくっつけたまま、疼き続ける腰を押し付けた。
「あ…い、いれて、もう…」
「いいの…?」
「ん、隆幸の、欲しい…」
「俺も、早く兄さんの中に入りたい」
「あぁぁっ!」
ぬる、と先端が入口を擦る。早く入りたいと言いつつ、焦らしているような動きだ。やだやだと身を捩ってさらに強くねだった。
「隆幸のおちんぽ、ほしい、俺のおしり、ぐちゃぐちゃにしてぇ…」
隆幸が息を詰める気配がする。そのすぐ後にゆっくりと押し入ってくる塊。
「…今更ながら、自分のことを恨むよ」
「んっんっ、あ、う、恨む…?」
「兄さんがこんなにいやらしくなったのは、俺のせいでしょ…?」
「そ、そ…だけど、なんで…あっ、くる、入ってくる…」
「ん、我慢できなくなりそうで、困るから…煽んないで」
「しなくていいっ、しなくていい、もっともっとやらしくして」
「だから…っ」
「ひっ…あぁぁぁぁぁぁッ」
ぶちゅっと突然奥まで差し込まれた。一気に襲ってくる快感に頭が真っ白になる。身体の震えが治まるまで待ってほしいのに、隆幸はそのままぱちゅぱちゅと動きを継続させた。
「待っ、あぁっひ、んんぁぁ…!やぁ、死んじゃう、しんじゃうからぁぁぁっ」
「やらしくして、って、兄さんが、言った…」
「ん゛っあぁぁぁぁ!やっこれ、あぁぁ、う、すご、あぁあっ、しぬぅ、んはっあ、ひぅっ」
抱き着いていた手を絡めとり、シーツに縫いとめられる。縋るものがなくなって快感をどう発散させていいか分からず、涙をこぼしながらひたすら喘いだ。
いやらしい。気持ちいい。おかしくなる。
ぴったりくっついているだけでいい、なんて嘘だったのかもしれない。一度こうして激しく求められれば、もう何でもいいからめちゃくちゃに犯されたいと思ってしまう自分がいる。ぐちゃぐちゃになって、どろどろのぬるぬるになって、全部全部隆幸のものにされたい。
「たか、ゆきぃ…ッ!すき、すきぃ、だいすき、ん、ふぁ、あ゛っ」
「俺も…好き、っ、ん、はぁ…」
濡れた穴の中を熱く硬い楔で何度も何度も擦られた。ぬちゅぬちゅと艶めかしい音が響く。それを抜かれる度、自分の内側が逃すまいと食い締めているのが見なくても感じ取れる。
「いく、いくっ、あぁぁっ、いい、すご、んぅぅっあ、おく、イイ、あぁぁっん!」
「うぁ…っ、も、俺ももうすぐイくから…」
「いっしょがいい、たかゆき、おれといってぇっ、あぁぁぁっ、あうっ…ひあぁぁぁぁ!!」
「ん、いっしょに、いこ…」
荒く息を吐いた隆幸が、駄目押しとばかりにごりごりと腰を回した。力強くナカを抉られ、ビクビクと背中が弓なりに反る。
「あはぁぁぁぁぁ…ッ!!」
「んっ…んっ、あ」
その瞬間、宣言通り二人同時に絶頂を迎えた。互いの腰が小刻みに跳ね、心行くまで精液を吐き出す。ドクドクと熱いものを注ぎ込まれる感覚がたまらなく気持ちいい。
「…ふ、ぁ…あ…」
「分かる…?俺の、兄さんの中にいっぱい出てる」
「ん、分かる…熱い…うれし」
「嬉しいの?」
「うん…だって、俺は、隆幸のだって、実感できるから…」
心も体も満たされている。嬉しくなってふにゃりと笑うと、隆幸もつられて笑みを浮かべた。
「…メリークリスマス、兄さん」
「ん…」
「最高のプレゼントをもらったよ。今までで一番嬉しい。もう何もいらない」
「そうか…?」
俺はこれからも毎年プレゼントをあげるつもりでいたけれど。もう何もいらないなんて言われたら困ってしまうではないか。そう言えば、隆幸は少し焦ったようにやっぱり撤回すると首を振る。
「毎年兄さんが欲しいな」
「…そんなので良ければ、いくらでも」
だったら俺も、毎年隆幸が欲しい。
「メリークリスマス、隆幸」
独り善がりだった愛が、少しずつ形を変えていく。
降り積もる雪のように、白く鮮やかに染めて、溶けて、やがて春が来るように。
今年のクリスマスは、俺と隆幸に素敵なプレゼントを運んできてくれたような気がした。