▼ ナイトパニックA
血を吸われるのはいい。吸血鬼はその名の通り血を吸わないと生きていけないわけだし、それが必要な行為であるっていうことも知ってる。
…だが、困ったことが一つだけ残っていた。
「んっ…ん、あ、論…」
「んー?」
「や、ぁっ、ん…ふぁ、あ!」
「ふふ。エッチな顔してるよ。気持ちいい?痛くない?」
痛いなんて、そんなこと、ありえない。
頭の中が霞がかったようにぼんやりしている。気持ちいい。もっともっともっと。それしか考えられなくなるのだ。
首に顔を埋め、ちゅうちゅうと体内の血液を啜る論。彼に血を吸われれば吸われるほど、それに比例して身体の火照りは増していく。
「論、もっとぉ…」
ぎゅっと抱きついて強請ると、逆に論は一切の動作をやめてしまった。
「ん…俺は嬉しいけど、これ以上は駄目。泉水の体調が悪くなっちゃう」
「でも」
「だーめ。もう終わり」
前に貧血で倒れちゃったこと忘れたの、と顔を覗き込まれる。
忘れてない、けど。疼く身体の熱は、自分ではもうどうすることもできない。
「…論は」
「うん?」
「俺のこと…好き、って言った」
血が美味しいから、なんて理由はこの際置いておく。確かに彼は俺のことを好きだと言ったのだ。メロメロだと。
「好きだよ。泉水が大好き。ずっとそばにいたい」
「だったら!」
「?」
きょとんとした表情を浮かべる論。この天然さは先天性なのかそれとも計算なのか…とにかく俺が今この場で彼に望むことはたった一つで。
「お、俺と…せ、せっくす、して」
「…へ」
「意味分かるよな?」
「いや分かるけど…でも」
「お願い。こんな風に中途半端に気持ちよくさせられて、もう辛いんだ」
「泉水…」
吸血に伴う催淫効果というのものは余程効果が強いらしく、気をしっかり保っていないと喋る声さえ震えてしまいそうになる。
彼の赤い瞳を見つめながら、必死になって縋り付いた。はぁ、と口から勝手に吐息が漏れる。
「…絶対後悔するよ。泉水は今正常な判断が出来ない状態なんだ」
「しない、絶対しないからぁ…ッはやく」
耐え切れない。もう無理だ。血に濡れた唇に自分から口付けた。
「んっ、む、いず…」
「はぁ…っ論、んぁ、ふ、あっ…」
舌を絡めあわせると、鉄っぽい独特の匂いが口内に広がる。こんなものが美味しいのか。俺にはちっとも分からない。だけど論は俺の血が一番いいという。一度吸ってしまうとやみつきになるという。
…やみつきになっているのはこちらも同じだってこと、いい加減気づいてよ。
「泉水、待っ…タンマ!」
「なんでよぉ…俺のこと、好きって言ったじゃん…」
「うん…だから」
ドサリ。ベッドに押し倒された。熱にうかされた視界が論の顔でいっぱいになる。
彼は自身の唇をぺろりと一舐めし、鋭利なその歯を覗かせ妖艶に笑った。
「好きな人にこんな風に誘われたんだから、期待に応えないとでしょ?」
*
「あぁぁっ、ん、ふぁ、ひ…ッあぁぁ!」
「きもちいい?」
「んっあっいいっいい、んぐっひあぁぁうっあっあっ!いっあぁ!」
ぎちゅぎちゅと音を立ててペニスを扱かれる。ぐっちょぐちょに溶かされて、何度射精したか分からないくらいなのに、精液と我慢汁にまみれたそれはまだ全く萎える気配がない。
一体今は何時なんだろう。もう随分長い間こうして二人でベッドの上にいるはずだが、乱れているのは俺だけだ。論は涼しい顔をして、ずっと俺を弄り倒している。
確かに気持ちいいことは気持ちいい。でも、これはセックスじゃない。
ぐちゅっぐちゅっぐぷぐぷっずちゅっ
「ろ、ん…ッあぁ、も、やだぁぁぁっ、あぁっあっんっう、あぁぁぁ!」
「こんなにどろどろのくせに。泉水のここはまだ触ってほしいって言ってるよ」
「あ゛――ッひ、んっあぁ、ちがっ、う!あぁっんん、ひぎっ」
ぐりぐりと先端を掌で強く押さえつけられ、悲鳴をあげながら薄くなった精液を吐き出した。
「あっ、あっ…あぁ…あ、あ」
「泉水?トんじゃった?」
「ろん、ろん」
震える声で名前を呼びながら、その首筋にかじりつく。いつも論が俺の血を吸うときみたいに真似して。生憎俺は吸血鬼ではないので、歯が刺さることはない。論がふふふと笑った。
「俺の真似?泉水も俺の血吸いたい?」
「ん…俺も、お前にきもちよくなってほしい…」
「十分気持ちいいよ。泉水が感じてる顔見るだけでイけそう」
「それじゃだめ」
違う。違うんだよ。論。俺はお前と一緒に気持ちよくなりたくて、セックスがしたいって言ったんだ。
足を大きく開き、自分の指でソコを広げて見せる。彼の瞳が動揺しているのが分かった。
「え、え…?」
「ここ、入れて」
「でもまだ全然慣らして…」
「いいから」
…俺がどんだけ我慢したと思っているんだ。お前は血を吸うだけで満足だったかもしれないけれど、一人で熱くなった身体を鎮めるため、この穴だって開発した。
でも、指じゃ足りない。疼いて疼いて仕方ない。
「なんでもいいから、こんな身体にした責任、とれよぉ…っ」
もうお前しかいないんだよ、論。
泣きながら論のズボンを脱がす。傍から見たらかなり間抜けだろうが、今はそんなことどうだっていい。
「こんっなに勃ってるのに…ぐすっ、ひぐ…」
「泉水」
「え…?」
ぐい、と腕を押し退けられた。拒否されたのかと思った瞬間。
ずちゅうううううっ!!!
「あぁぁぁぁ…ッ!!」
熱い質量を一気に捻じ込まれ、頭が真っ白になる。再び吐精したのがかろうじて感じ取れた。
「…っほんとに、入っちゃった」
「んぁ、あっ…あぁっ」
「いつの間にこんなエッチな穴になったの…?」
「ひぁぁぁぁっ!」
ずっずっとこれ以上入らないというところまで腰を進めてくる。指じゃ届かない気持ちいい場所に硬い先端を擦りつけられた。ぷぴゅっとまた精液が零れる。
ぱちゅっぱちゅっぐにゅっごりりつ
「ずっと、こんな風に…入れてほしかった?」
「あっあううっ、ん、いやぁっいってるからぁ、まってぇ、まっ…んぁぁっあっあぁぁぁ!」
「ね、答えてよ、泉水…ッ」
「あううううっ!んっあぁぁっ!あっ!あぁっ!ひぁぁぁっ!」
間を置かずにガンガン責め立てられて、身体の痙攣が止まらない。ぶじゅぶじゅと下品な音が聞こえる。
「やっばいんだけど、ナカ…っこれも、催淫効果…?ちがうよね?」
「わかんなぁぁっ、あ゛ぁっん!ひぐっあ、はぁあ…!あっあぁぁぁっひ、んんうっ」
「は…ぁ、ごめん、限界」
「ん゛ん゛ん゛―――ッ!!!!!」
あ、やだ。うそ。
「あ゛ぁぁぁぁぁ――!!!」
論が俺の首筋にかぶりついた。ゴクゴクとその喉が動いている。すでに許容量を超えた快感の上に血を吸われる気持ちよさが上塗りされ、俺はベッドの上でのたうちまわっった。
「あ゛…ッはぁ…あぁぁぁぁッ、ん!ひぎぃぃっあぁぁぁ!」
「ん、おいし…」
「やぁぁぁっ、な、ん…うっあ゛ぁぁぁ!でる、でるでるうううう…ッ!!ひゃぁぁぁぁ!!」
目の前がチカチカする。ぷしゃっと精液ではない何かが性器から噴き出した。
「ふふ、潮ふいちゃったね…あぁ泉水、最高だよ…っ」
「あ、あ…あ…」
きもちいい。もっともっともっと。
しんじゃいそうだ。でももっとほしい。
「ろん、ろん…っうあ、あ」
論が、ほしい。
「あっ…ん…」
あ、もう、なに、も、わかんな
「あれ、泉水?」
「…」
「ちょっ、え!?泉水!!」
――俺の記憶は、ここで途切れている。
*
目を覚ました瞬間、半泣きの論に抱きしめられた。
「ろ、ろん…?」
「ごめんなさいっ」
一瞬なんのことか分からなかったが、すぐに記憶が蘇ってくる。
…俺は…俺はなんて恥ずかしい真似を…!!
論の服に顔を埋め、掠れた声で返事をした。
「…いーよ…ねだったのは俺だし…」
「俺、俺本当に夢中になっちゃって、こんなつもりじゃなかったのに」
「へーきだって」
どうやら意識がなくなってしまったのは貧血のせいだったらしい。そりゃあんだけ吸われれば仕方ない、といつものように怒れないのは、勿論俺にも非があるからだ。…いや、むしろ俺が全て悪いと言っても過言ではない。
「泉水が目覚まさなかったらどうしようって…」
紅い瞳がゆらゆらと揺れている。心配をかけたのだ、と改めて深く深く反省した。
「…ごめん」
「今日はもう寝ててね。動いちゃ駄目だよ」
「うん」
鉄分ドリンクをストローで飲みながら素直に頷く。論の手が俺の頭を撫でた。
「…泉水」
「ん?」
「愛してる」
「ぶっ…!!」
何だ急に。飲んでいたドリンクを盛大にぶちまける。
「俺、吸血鬼だけど…誰かを愛する気持ちは人と同じだと思う。泉水のこと、本当に大切なんだ」
「…う、うん…」
「もうこんなこと無いように気を付けるから…その…たまに、セックスしてもいい?また泉水の可愛いとこ見たい」
「可愛くないと思うけど…」
「可愛いよ!もう脳裏に焼き付いて離れないもん」
できればあんな醜態今すぐ忘れてほしいのだが。
「…今日のことは、論のせいじゃないから。俺がしたかっただけ」
俺が、論に抱かれたかっただけ。
つまりそれは。
「俺も論のこと…好き」
誰かを欲しいと思う気持ち。自分ではコントロールできないほどの衝動。いつの間にかこんなにも俺は彼に夢中になってしまっていたのだ。
「俺の身体、論にあげるよ」
吸血鬼でもなんでもいい。俺が欲しいのはこの人だけ。
「泉水…それ、本当に…?」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょ…」
「嬉しい。泉水、大切にする」
「ん…」
ちゅ、と優しく口付けられて、なんだか幸せな気持ちになった。
「論…」
「これからもずっと一緒にいようね」
「うん」
論。俺の、俺だけの吸血鬼。痛みも快楽も全てちょうだい。一生俺に囚われて。血ならいくらだってあげるから。