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▼ ナイトパニック

バイトから帰ってくると、家の前に青年が倒れていた。

「だ、大丈夫ですか?」

慌てて駆け寄りその人を抱き起こす。彼はか細い声で言った。

お腹空いた…と。



「泉水、お腹が減って死にそう」
「…えぇ…」
「一生のお願い」
「それこの間も言ってたけど」

嫌がる俺に構わず、論はじりじりと距離を詰めてくる。その瞳は普通の人間とは違って、深い紅色だ。

「この間みたいに痛くしないでよ」
「大丈夫。段々分かってきたから」

論は荒っぽい手付きで俺の身体を引き寄せた。本当に大丈夫かなこいつ…。また吸われすぎて貧血とかなったら嫌だな…。

「分かってきたって、なにが?」
「泉水が痛くないところ、分かってきた」
「…っ」

つぷり、と鋭い歯が首筋に食い込む感覚。目の前にあった論の肩に、思わず爪を立てる。

…三か月ほど前にうちの前で倒れていたこの男は、実は吸血鬼だったのだ。お腹が空いたという彼にご飯をつくっていたところ、無理矢理血を吸われ、以来何故だか住み着かれてしまっている。

吸血鬼なんてそんなファンタジーな話があるか、と思っていたが…現に論の八重歯は尖っているし、何より俺の血以外に食事を摂ろうとしないところを見ると、この非現実的な事実を受け止めないわけにはいかなくなった。

「ん…っ」

だが、どうしても受け入れがたい事実が一つだけある。

「は、ぁ…っろん、だめ…!」
「キツい?」

キツくはない。っていうか、キツくないから困っているんだ。

「ごめんね、もう少しで終わるから」

滴る血液を舐めながら、甘い瞳でこちらを見つめる論。それだけでゾクゾクとした感覚が全身を走る。

「や…っやだ、ん、もう…やめて」
「…どうしたの?最近全然吸わせてくれなくなっちゃったね」
「…」
「出会ったばかりの頃は、もっと沢山くれてたのに」

どうしてかと尋ねられて、頬が熱くなるのが分かった。

どうしてかって…つまり…その。

「…」

…血を吸われるのが、どうしようもなく気持ち良いと感じるようになってしまったからである。こんなこと絶対に知られたくない。俺はいたって平凡な男だ。変態じゃない。

「泉水?だめ?」
「ふぁ…ッ!」

カリ、とねだるように皮膚を甘噛みされて、嬌声が漏れる。媚びたようなその声に自分は勿論、彼もびっくりしていた。

「どうしたの?」
「ちが…今のは…」
「…勃ってるけど」
「や…っ、み、見んな」

やばい。とうとうバレてしまった。これだけは知られたくなかったのに。

羞恥で既に半泣きの俺。吸血鬼に血吸われてちんこ勃ててるなんて、いくら論でもドン引きす…

「なんだ!泉水もちゃんと勃つんだね!」
「へ…」

にこ、と無邪気な笑顔を向けられて拍子抜けする。

「吸血鬼の歯にはね、催淫効果があるんだ。噛まれた人が痛くないように」
「そ、そうなの?」
「泉水はあんまり気持ちよさそうじゃなかったから、もしかして耐性があるのかなって思ってたんだけど。たまにいるらしいんだよね、全然効かない人」
「じゃあ気持ちいいのが普通…?俺、変じゃない…?」
「全然!むしろ俺にとってはありがたいことだよ!」

ありがたい?

頭に疑問を浮かべた俺を、論は強く強く抱きしめた。

「はー良かった。泉水がちゃんと気持ちよくなってくれてて」
「え?」
「効果が現れない人からは吸っちゃいけないんだ…でも俺泉水のこと好きになっちゃったから、手放すの惜しくて」
「す、好き?俺を?」
「うん。だって、泉水の血…今までで一番美味しいし。もうメロメロだよ」

ちゅうちゅうと顔中にキスの雨が降ってくるが、いきなりいろんな情報が入ってきて処理しきれない俺は、そんなことに構っている余裕はない。

論が俺を好き?それは俺の血が美味しいから?…分からん!吸血鬼、さっぱり分からん!

「これからもどうぞよろしくね」
「えっ…こ、これからも…?」
「俺、泉水以外の血飲めないかも…」

うっとりと妖艶な表情で囁かれ、一瞬呼吸が止まりそうになる。な、なんだこの色気は…。

「もう少しちょうだい。まだお腹いっぱいになってないから」
「や、やだ、もう…今日はやめ…」
「一緒に気持ちよくなろうね」
「あっうそ、あぁ…っ!」

首筋に顔を埋める論。勝手に身体がビクビクと跳ね、何も考えられなくなった。

「こうやって首噛まれたら…気持ちいいでしょ?」
「あ、んんっ、き、きもちい…!もっと、もっとして論…!」
「ふふふ。天国見せてあげる」

…幸か不幸か、俺の夜はまだまだ続くらしい。


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