▼ 隣人トラブル
最近、俺には小さな…いや、それほど小さくも無い悩みが一つある。
「…はぁ」
まぁた始まったよ。いい加減にしてくれ。
『んん、あ、ふ…っ』
隣から聞こえる嬌声に溜息を吐く。週に一度は必ず訪れる隣人の愛の営みの時間。
ここは普通のアパートだ。別段壁が薄いというわけではないが、聞こえるものは聞こえる。
…隣の奴って確か根暗そうな大学生だったような。確かに顔はかっこよかった気がしないでもない。
くそ、ちょっとイケメンだからって…学生の分際でセックス三昧なんて生意気な。あれ?学生だから馬鹿みたいにセックスすんのか?まぁよく分からんが。
『あ、もっとして、もっとぉっ』
『…えろい顔してんじゃねーよ』
『ひぁぁっ、んんッ』
とりあえず毎度毎度いちゃいちゃしている声を傍聴するのは、腹立たしいことこの上ない。
俺なんかなぁ…俺なんか、もうずいぶん前からセックスなんてしてねぇんだぞ!俺の恋人は右手だけだ!
『んあっ、あぁっ、あっあっ!』
『だから…声、抑えろっていつも言ってるだろ』
『んんぅっ!んっんっん〜〜〜っ!』
あ、今絶対口塞いだ。無駄ですけどね。全部聞こえてますけどね。
それにしても良い声で喘ぐ子だな。まるでAVのようだ。やばいちょっとムラムラしてきた。
『ふ、はぁ、あ、も、イくっ、イくぅ』
『入れてもねぇのにイくんじゃねぇよ』
『言わな、で…あぁァんッ』
『超濡れてる』
…濡れてるんですか、そうですか。頭の中で膨らんでいく妄想。俺も可愛い子と言葉攻めしながらエッチしたい。
『やだっ、やだぁっ、やめないでぇ!』
『…ゴム着けるくらい待てねぇの?』
『んん、べつに、中出ししていいからっ』
なっ、中出し!?
なんて乱れた性生活を…今時の若者って皆こうなのか?後先考えてなさすぎだろ。
…でもすげぇクるわその台詞…。中出しして、とか言われてぇ…一発で理性飛ぶ自信あるけど。
『お前なぁ…』
『あっ、入って…ひやぁぁぁっ』
『後で困るのは、自分だろっ』
『は、ぁぁっ、ん!だって、だって!』
『だって、なんだよ』
『ナカ、熱いの、ほし…ぃっあぁ!』
『っは…煽るな、馬鹿が』
はぁ、もういやだ。別に文句を言いたいわけじゃない。喧嘩の声を聞かされるよりもよほどこっちの方がマシだし。
だからさ…そんな心の広ーい俺のお願いっていうか、まぁ、ね、とりあえずちょっとさ、その…。
下着の中に手を入れて、熱を持ち始めている自分のそれに触れる。先端からは既に興奮の証である液が滲み出ていた。
ぐちゅぐちゅと激しくなる手に合わせて吐息が漏れる。
「…はっ、あ」
…ね?オカズにするくらいは許してくれよ。
*
「あ」
そろそろ出かけなければ、会社に遅刻してしまう。慌てて玄関を開けたそのタイミングが、見事に隣の大学生と被ってしまった。
思わず声を上げる俺。彼は不思議な表情を浮かべつつも、軽く会釈してくれた。
うーん…やはりよく見ると整った顔をしている、ような。長めの髪のせいであまり見えないが、切れ長の目がクールで知的な印象を与える。
昨晩はお楽しみのようでしたね。はぁ、羨ましい。…って何思い出してんだ俺ぇ!
「…何か?」
あ、やばい不審に思われた。頭の中でリピートされる昨日の卑猥な声を慌てて掻き消す。
「あっ、いや…なんでもな、」
「おい何ぐずぐずしてんだ!どけ!遅刻すんだろーが!」
しどろもどろになって返事をしていると、その大学生の後ろから騒がしい声がした。次の瞬間、彼の身体が前につんのめる。
「てめぇ…ふざけんなよこの馬鹿力」
ん?もしかして彼女か?
彼氏を蹴飛ばすなんて随分乱暴な、
「ほら早くしろって」
「俺より起きるの遅かったくせに」
「うるせぇ!」
…え?
興味本位でそちらに視線を向けた俺の目に飛び込んできたのは、小柄な男の姿。
え?ちょっと待って、男?昨日の夜は明らかに情事の声が響いてたよな?えっ?可愛い女の子はどこ?
「うるさいのはお前だって」
「お前のせいで疲れてんだよこっちは!」
な、なにちょっと頬染めてんの?意味わかんないんですけど?え?君らセックスしてんの?ホモなの?
目の前で繰り広げられる男二人の会話に混乱する。…じゃあ毎回毎回聞こえるあのえっろい声も、AVさながらの卑猥な台詞も全部全部?
…っていうか、っていうか、
俺はホモセックスに興奮してオナニーしてたのかよ!!!あぁもう死にてぇ!!!