シック・ラバー | ナノ


▼ 07



「…お前のせいやからな」
「はいはいすいませんでしたー」
「せめて俺より先に起きろよ!」
「無理。俺が朝苦手なの知ってるだろ」

あれだけ激しく交わっておいて、翌日そう簡単に起きられるはずがなく。

ベッドの配達予定時刻まで起きなかったのは、百歩譲ってまぁいい。呼び出しのブザーの音に間一髪気がつき、なんとか応対もできた。

しかし問題がいくつかある。一つ目は、リビングに敷いた布団の上で半裸のまま寝ていたひふみを起こす余裕がないまま、配達員のお兄さんを家の中に招き入れてしまったこと。

「あのお兄さんすっごい気まずそうにしてた…事後だって思ってた…」
「それは無用な心配だろ。半裸の男が転がってるくらいでそんなこと思わねえって」
「普通はな!!だけどこれ見たら話は変わるだろ!!」

二つ目はもっと深刻だ。いつの間につけられていたのか、俺の首には数個のキスマークが点在していたのである。寝起きで鏡を確認する間もなく、とにかく服を着ることに必死だった俺は、このキスマークに気づかぬままにこやかにお兄さんを迎えたわけで。

「あー道理でドアあけた瞬間ぎょっとした顔されたわけだ…」
「お兄さんに同情する。キスマークだらけの男に出迎えられたらそりゃ驚くわ」
「お前のせいだろぉぉぉ!?なんですぐ痕つけんの!?やめろって」
「まぁ今回はちょっとやりすぎた気がする。ごめん」
「はぁぁぁ…ご近所で噂たったらどうしよ…」
「ないない」

人ごとだと思いやがって…。ぎりりと奥歯を噛み締めながら、呑気に遅い朝飯を食べるひふみを睨む。

「仮に変な噂がたっても、俺は気にしない」
「いや気にしろよ」
「そんなこと気にしてお前との関係がこじれる方が嫌だし」
「…」

それは、そうなんだけど。

「そういうことさらっと言うなって…」
「言わないと瑞貴くん泣くからな」
「泣かんわ!!」
「昨日泣いとったやん」
「お前やって泣いたろ!!」
「俺はいいの」

どんな横暴な理屈なんだそれは。呆れて何も言えなくなる。代わりに深い深い溜息が漏れた。

そんな俺を特に気にするでもなく、ひふみはちらりと寝室に視線を向ける。

「ベッド、結構でかかった」
「んー、あー…店で見るのと家ん中で見るのとはやっぱ違うだろ」
「…」
「なになに、どうした」

急に黙ってしまうなんて。コーヒーのマグカップに口をつけたひふみは神妙な表情をしていた。何だ、折角いろいろ吟味して買ったのに…やっぱあのベッド、気に入らない…とか?

「…お前、どっか行くなよ」
「はぁ?」

意味が分からない。この期に及んでまだ俺がお前から離れるとか、そういう無駄な心配をしているのか。離れるわけないだろ馬鹿。いい加減信じろっつの。何年一緒にいると思ってんだこのタコ助。

思いつく限りの罵詈雑言をぶつける。何だかすごく腹が立ったのだ。信じてもらえない、というのはそれだけ思いが強いってことなのかもしれないけど、一方通行ってことだろ。そんなのすごく悲しい。

「違う。そうじゃない。言い方を間違えた」
「…言い方?」

ぷんぷん怒っていると、珍しく慌てた様子で訂正された。

「どっか行くなよっていうのは…その、ベッドが広いからって離れて寝るなよって意味で」
「うん」
「だからつまり」
「つまり?」
「どこも行かないで、俺とくっついて寝てってこと」

――本当に、こいつ、馬鹿だなぁ。

なんていうか、言葉選びが肝心なところで下手くそだ。そんなところが愛しくもあるのだけど。

「当たり前だろ」

俺の隣はひふみの場所で、ひふみの隣は俺の場所。もうずっと前から決まっている。

もう一生離さねーからな。寝るときだけじゃなくて、毎日何時間だってずっとくっついてるからな。覚悟しとけよ。

「なんでそんな笑ってんの」
「ひふみがおかしなこと言うからだろ」

大好きな人と過ごす日々は、ほら、こんなにも明るい。

end.

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