▼ 04
きっとこいつは俺が言いたいことを分かっている。言葉にしなきゃ伝わらない気持ちもあるが、言葉にしないことで伝わる気持ちもあるのだ。
「…約束、果たしてくれてありがとな」
いつか交わした、ずっと一緒にいようという約束。
喧嘩もいっぱいしたし、思い通りにいかない日だってたくさんあった。でもひふみと離れるなんて、一度だって考えたことはない。
今も、昔も、これからも…俺はこいつと生きていく。
「覚えてたんだ」
「忘れるわけないだろ」
「そっか」
上に乗っかったままの俺の身体を、ひふみがぎゅうと抱きしめた。
「瑞貴」
「なんだよ」
「瑞貴」
「うん?」
「おかえりっち言って」
「…おかえり?」
たまに要求されるその言葉は何なのか。何か意味があるのだろうか。疑問に思いつつ、言われた通り耳元で囁く。ますます腕の力が強くなった。
「ただいま…あと、おかえり瑞貴」
「…ただいま?」
「よし」
「このやりとりになんか意味あんの」
「ある」
「どんな?」
「秘密」
「なんだよそれー」
ひふみが笑う。抗議するように首に噛みついてやったが、やめろよとさらに笑われてしまったのであまり意味がない。
なんだよ、さっきまでしおらしく泣いてたくせに。もう笑顔かよ。
「教えろって」
「やだ」
「隠し事すんな」
「隠し事じゃないし。言うのがもったいないだけ」
「意味わからん」
そのままじゃれあっているうちに、自然と流れはそういう方向になっていくわけで。
「ん…っ」
下唇を軽く食まれ、それだけの刺激で甘い声が漏れた。何度も何度も角度を変えて、触れるだけのキスをする。
「ん、んん…」
はぁ、もう、溶けそう。
思考が深い深いぬるま湯に沈んでいくような感覚。のぼせたように霞がかった視界。きっと今、俺はすごくだらしない顔をしている。
「…エロい顔」
「うっせぇ…」
「俺より瑞貴のほうが可愛い」
「それは、ない」
しかも嬉しくない。俺はいつだって男らしくありたいのだ。可愛いなんてまっぴらだ。
…まっぴら、なはずなのに。
こいつの言葉には何か魔法でもかけられてんじゃねーのか、と思うくらい心が動いてしまう。可愛いと言われてドキドキするなんてありえない。
顔を見られないようにするため、ぺたりとその薄い胸に伏せる。心臓が鼓動する音が耳に心地いい。
「寝んなよ」
「寝ない。もう少しくっついててもいいだろ」
「だめ」
「なんで」
「俺の方が寝そうになるから」
「寝て良いのに」
「いやだ」
「片付けは俺がやっとくって」
「そうじゃなくて」
今日は一緒に寝たいから。
ひふみが俺の髪を撫でながらそう言った。ぼっと頬が熱くなる。
一緒に寝るっていうのは、その…つまりそういうことだよな。
「…うん」
「いやって言わないんだな」
「お、俺も、今日は一緒に寝たいから」
恥ずかしさのあまり吃ってしまう俺に、ひふみはにやりと効果音がつくようないやらしい笑みを顔に浮かべた。やはり予想は当たっていたようだ。
「瑞貴くんも期待していることだし、頑張っちゃおうかなー」
「エロ親父みたいなこと言うなよ」
「片付けの話だけど?」
「どーだか」
片付けと言っても、着替えや布団を出すくらいならそれほど時間はかからないはずだ。ちゃちゃっとやってしまおう。最後にもう一度だけ口付けを交わし、再び火照りそうになる頭を無理矢理切り替えた。
prev / next