▼ 03
日に照らされてオレンジ色に染まったひふみの頬が、やけに綺麗だと思った。
「瑞貴」
もう何度も何度も呼ばれたはずの自分の名前が、どうしようもなく愛おしくなる。心臓が鷲掴みされたみたいに苦しくなって、でもその苦しみすらも心地が良い。
――あー…俺、こいつのこと、すげぇ好きだなぁ。
「ひふみ」
「なんて顔してんだよ」
どんな顔だ、と思ったが口には出さない。
「ひふみ」
「…ん?」
好きだ。好きだよ。大好きだ。
この気持ちは一生色褪せることはない。胸を張ってそう言える。
なんでこんなに好きなんだろう。なんでこんなに大切なんだろう。呆れるくらい一緒にいるのに、もっともっとと欲しくなる。
もっといろんな話をしたい。もっと名前を呼ばれたい。もっと手を繋ぎたい。もっとくっつきたい。
「俺さ、お前がす………っげぇ愛しい」
はぁ、とひふみが目を瞬く。眼鏡の奥の切れ長の瞳が心なしか大きくなったかと思えば、その直後視線を思いっきり逸らされた。しかも背中を向けられた。
「…おい。こっち向けよ。何そっぽ向いてんだ」
「いやだ」
人が真剣に話してんのに、雰囲気ぶち壊しにすんな。むっとしてその背中を揺する。
「ひふみ」
「うるさい」
「はぁ!?」
くっそ!くっそムカつく!
人の決死の愛の言葉(自分で言ってて少し恥ずかしいが)に反応を返さないどころか、うるさいだって?
もういい!二度と言ってやるもんか!頼まれたって絶対絶対言わん!
「…」
「…」
…ん?
一人で腹を立てている俺の耳に、ずずっと鼻を啜る音が聞こえた。
――こ、これは、まさか。
「ひ、ひふみ…な、泣いてんの?」
「うるさい、って、言ったろ」
図星だ。返ってきた声には涙が滲んでいる。
「え、ちょ…顔見せろって」
体勢を変え、上から顔を覗き込めるように馬乗りになった。露わになるひふみの目は、予想通りというかある意味予想はしていなかったんだけど、薄暗くなった部屋の中でも分かるくらい潤んでいる。これを泣いていると言わずしてなんと言うだろうか。
ごくり、と喉が鳴った。
「どけ、もう…見んな…お前が変なこと、言うから」
…だから、こいつ、なんでこんな可愛いんだっつの。
「かっ…!」
「…なんなんだよ、その、か、っていうのは…」
「か、可愛い、ひふみ」
「は?」
その眼鏡を外し、濡れた目を親指で軽く拭う。ひふみは半ば諦めているのかされるがままだ。それもまた可愛いと思う。
「なんか最近さ、俺お前のことめちゃくちゃ可愛いんだよ」
「…気色悪いことを言うな」
「だって俺の言葉で泣くとか可愛いだろ」
「泣いてない」
「いや泣いてるし」
強情な奴だ。
「ひふみ」
笑いながら名前を呼んだ。うん、と小さな声が返ってくる。
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