シック・ラバー | ナノ


▼ 02

出来立てで湯気の立ち昇るうどんを啜る。このあっついのを食べるのが美味いのだ。

そんな俺とは対照的に、恐る恐るといった様子で箸を進めるひふみ。

「はは!眼鏡曇ってる!」

白くなったレンズを見て笑うと、テーブルの下で軽く足を蹴られた。

「仕方ねーだろ。うどん熱いんだから」

眼鏡を外したことにより露わになったひふみの目が、うるうると膜を張っている。鼻の頭も心なしか赤い。熱いものを食べるとこう…なんていうか、ぐずぐずになるんだよな。それは分かっている。俺だってなるし。

「…」

――くっそ。くそ。何でこいつに限って、こんなに可愛いんだよ。

前はこんな風に思ったことなかったのに。庇護欲っていうのか?なんか…こう…甘やかしたくて仕方なくなる。最近とみにその傾向が強くなってきているのだ。

「なに、人の顔じっと見て」
「かっ、」

可愛いな、お前。そう言いかけて我に返った。

いやいや、いやいや。何を言おうとしてるんだ俺は。落ち着け。今この場で言うべきことではない。

「か?」
「…なんでもない」
「気になるんだけど」
「後で言う」
「…ふうん?」

そう。今日から俺とこいつは四六時中一緒。いくらだって伝えるタイミングはある。

可愛いって言ったら、どんな顔するんだろう。焦るかな。怒るかも。まぁ何でもいい。どんな反応が返ってきてもきっと面白い。

…家に着いたら言ってみるか。

くだらない企みを胸に抱いて零れそうになる笑みを抑え、今は食べることに集中することにした。



何やかんやの用事を済ませ、新しいアパートに到着したのは夕方になってからだった。

もう何度か部屋の中は見てあるが、やはりこうして見ると新鮮だ。広い広いと喜ぶ俺に、ひふみは呆れたような視線を向ける。

「必要なものだけ先に出すぞ」

俺とひふみの二人分の荷物を詰めた段ボールは結構な数になったが、食器だとか衣類だとかマジックでメモをしてあるので間違うことはないだろう。

「必要なものって」
「明日の着替えとか、風呂入るときに使うタオルもいるし、あとはー…布団とか」
「あーね」

いつか二人で見に行ったキングサイズのベッドは購入済みだ。しかし配達は明日になっているため、今日はまだ予備の布団で寝ることにする。

「そんなら今日はここで寝よ」

むき出しのままのフローリングにごろりと体を横たえた。見慣れない天井が視界に入る。カーテンをまだ取り付けていないせいか、夕陽が直に映りこんでいた。

「いいけど今は先にこっち手伝えよ」
「そんなん後でやってもすぐ終わるって!ほらお前もこっち来てみ」
「ったく…」

トントン、と軽く指で隣のスペースを指させば、ひふみはぶつぶつ文句を言いつつも同じように隣に寝ころんだ。

「今日は一日動きっぱなしだったな」
「うん」
「お前、体力無いから疲れたんやない?」
「疲れてない」
「有給明日までだっけ」
「うん」
「じゃあ明日はもうちょっとのんびりしような」
「やることいっぱい残ってるけどな」
「俺がやっちゃる。お前は休んどけよ」
「瑞貴に任せたらいつまで経っても片付かん」
「はは、ひでー」

並んで天井を見上げながら、他愛のない会話をする。くふふと変な笑いが漏れた。何だか物凄く照れくさい。

「なに笑ってんの、きもい」
「きもいとか言うなよ」
「変な笑い方」

ふと横に顔を向ける。視線が重なる。

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