▼ 01
リビングスペースとそれぞれの部屋。風呂トイレは別で、日当たりは重要。
俺はちょっとくらい狭くてもいいと思っていたが、ひふみはどうせならうんと広いところにしようと言う。
「うー…」
部屋探しって、難しい。一人暮らしを始めるときはすぐに見つかったのに。
悩む俺に、不動産屋のお姉さんはにこりと笑った。
「ご家族で相談なさって、また後日いらしてくださっても構いませんよ。こちらの紙は差し上げますので、よく吟味なさってください」
「ありがとうございます…」
物件の間取りやその他の情報が書かれた書類を数枚もらい、店を後にする。
ひふみは今日も仕事だ。そのためこうして一人で不動産屋を巡っているわけだけど。やはり二人で暮らす部屋なのだから、俺だけの判断で決められるものでもない。
あいつ、今日来るって言ってたっけか。聞いてみるしかない。スケジュール帳を開きながら、俺はふうと溜息をついた。
*
「ひふみ、ひふみ」
「なに」
「ちょっとこれ見て」
「あ、今日アパート見てきたんだっけ」
風呂上がりのひふみに手招きをし、もらってきた書類を差し出す。
「どう?いいとこあった?」
「んー…こっちは間取り的にはいいかなって思ったけど、築年数が古い。んでこっちはキッチンが狭かった」
「ふうん…」
眼鏡を掛け直し、じっくりとその書類を眺めるひふみ。
まぁ俺はお前が気に入ればそれはそれでいいんだけどさ。少なくともこの部屋よりはずっと良い物件なんだし。
「瑞貴が気に入らなかったなら駄目だな。また別の不動産行くか」
「いや俺は別にそんなこだわってるわけじゃないから…お前はどうなんだよ」
「俺は実際部屋を見てないから、瑞貴に任せる」
「なんだそれ。ちょっとは意見言えよなぁ」
いつまで経っても決まんねぇじゃねーか。
ぼすん、とそのまま後ろに倒れる。床と頭が勢い良くぶつかって音をたてた。ひふみが笑う。
「お前がいるなら何処でもいいんだけど」
「…そういうのやなくて」
もっと具体的なことだよ!!
こっちは真剣に悩んでるのに、何さらっとふざけたこと抜かしてんだ。
「真面目に考えろっつの…」
「照れんなって」
「うるせえ!」
もう本当やだ。何がいやって、こいつの言葉一つで喜んでしまう自分がだ。口元がにやけそうになって、咄嗟に腕で顔を覆った。
「瑞貴」
ひふみの声が降ってくる。そして腕に触れる温度の低い指。
「触んな」
「嬉しいくせに」
「蹴るぞ」
「腕退けろ。んで顔見せろ」
「絶対やだ」
いやだと言っているのに、無理矢理暴かれてしまう。にやにやと嫌な笑みを浮かべた奴の視線が、俺のにやけ顏を捉えた。
「ン、ん」
抵抗する間もなく、ついばむように口付けられる。下唇を甘噛みされ、ふるりと身体が震えた。
「本当にそう思ってんだから、仕方ないだろ」
「そう思ってるって、なにが」
「瑞貴がそこにいれば、どんな部屋だって俺にとっちゃ都になるってこと」
「…」
そんなの、俺だって一緒だ。でもそれを言ってしまったら、部屋なんて探す意味がなくなる。
どうせ住むのなら、どうせ二人一緒なら、できるだけじっくり吟味したいじゃないか。
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