シック・ラバー | ナノ


▼ 01

「なんか、萩尾今日ご機嫌じゃね?」
「え」
「朝からずっとにこにこしてるしさ」
「そ…」

んなことは、無い。多分。

くるくるとシャーペンを回しながら、俺を不思議そうに見る鈴島。程よく日焼けした肌は男らしくて、ちょっとムカつく。なんだこの爽やかさ。

「いいことあった?」
「そんなもん無い…いいから授業聞けって」
「いや気になるし。まさか彼女でもできたとか」
「できねーよ」

生まれて一度もできたことないわ。傷を抉るな。っていうか最近彼女できたのはお前だろ。

「あ、分かった」
「なにが」
「合コンか?今日合コン?」
「違うわ馬鹿…何でそっち方面ばっかに結び付けてんだよ」
「いやー、だって…男が喜ぶって言ったらそれくらいしかなくない?」
「この煩悩野郎が」

何でもないって言ってるだろ、と呆れた顔をすれば、つまんねーのと口を尖らせる。…別に何でもないわけじゃない、けど。

でもこいつに言っても理解される話ではないし、何より自分がそれを楽しみにしているということを認めるのは…何だか、悔しかった。



「…」

ぐぐ、と伸びを一つ。パソコンに向かう作業はどうも体が凝る。ふと時計を見ると、もうすぐ20時になるところだった。あれ、いつの間にこんな時間に。

冷蔵庫から水を取り出して、渇いた喉に流し込む。

台所に立ったまま。ちらちらと玄関に視線を移している自分に気が付いて、溜息が漏れた。…なに、してんだ俺は。

でもそろそろ来る頃だよな。そう思っていたら、遠くからコツコツと靴音がした。慌ててペットボトルをその場に置き、玄関に散らかった靴を足で隅に寄せる。

この靴音は、この歩き方は。間違えるはずがない。

案の定ベルが鳴らされて、俺はきゅっと顔を引き締め、ゆっくりドアを開けた。

「…お疲れ」
「うん」

そこにはスーツ姿のひふみ。コツコツとした足音は、高そうな革靴のせいだ。

「ごめん、本当はもっと早く来れたんだけど。電車寝過ごした」
「別にいいよそんなん。ってかお前ちゃんと寝ろって」
「寝てるよ」

嘘だ。疲れた顔してる。

ひふみはこちらの視線を避けるように靴を脱いで、相変わらず汚い部屋だなと笑った。そのまま俺のベッドに突っ伏す。おいスーツ皺になるぞ。

「何か食べる?簡単なものなら作れるけど」
「いい」
「ちゃんと食ってんのか」
「食ってる」

本当かよ。俺がどれだけ心配してるか知らないだろ。

「瑞貴」

ベッドに横になったままのひふみが、こっちに来いと言いたげな目で俺を見る。少しだけ短くなった奴の髪。そのおかげで、瞳が隠れることはなくなった。

「なんだよ」
「んー」

言われた通りにベッドの淵に腰掛けると、後ろから腕が伸びてくる。ぎゅっと腰に抱き着く仕草が幼く見えて、ちょっとだけ笑った。

「ただいま、瑞貴」
「おかえり、ひふみ」

ひふみが社会人になって、一ヶ月ちょっと。俺が大学四年生になって、一ヶ月ちょっと。

俺とひふみが恋人になって、もうすぐ三年が経とうとしている。

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