▼ 03
「っ、う」
ぐしぐし鼻をすすりながらベッドに突っ伏す。馬鹿、馬鹿、本当馬鹿みてえ。何でこんなことで泣くんだよ。俺の頭はついにおかしくなったのか。
悔しさと嬉しさが入り混じった不思議な感情が胸を支配して、どうにもならない。
帰って来られて嬉しい。
家族の顔を見られて嬉しい。
美味しいご飯を食べられるのが嬉しい。
皆が俺を迎えてくれるのが嬉しい。
でもそれは、一人だったらきっとここまでじゃなかった。
そこにひふみがいるから、ひふみが俺と同じ景色を見て、俺と同じご飯を食べて、俺と同じように迎えられて、同じ空間で笑っているから。
あいつが出て行っちゃってから、もう二度と、こんなこと、できないって思ってたんだから。
「瑞貴、入るよ」
返事もしないうちに勝手に入ってくる張本人。どっか行けよどうせ俺のこと馬鹿にするんだろ。何泣いてんだよきもいって言うんだろ。
「はは、やっぱり泣いてる」
「っ出てけ!」
「やだ」
「おっ、おれがなんで泣いてるかもわかんないくせに…」
「分かるよ」
はっ!?
驚いて顔をあげる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃのそれを見て、ひふみはぶはっと噴き出した。そのままベッドの淵に座り、細長い指で俺の涙を拭う。
「多分俺も瑞貴と同じこと考えてたから」
「同じことって…」
「さすがにそんな風にぼろぼろは泣けないけど。まじでひっどい顔だな」
「うる、っん」
うるさい。そう言う前に口付けられた。涙の味がしてしょっぱい。
「でも俺は…どんなにぐしゃぐしゃでも、鼻水垂らしてても…むしろそっちのが興奮する」
「…嬉しくない」
「こんなに褒めてるのに」
「どこがだよ!」
「かわいいって言ってんの」
いや言ってねえよ。興奮するってなんだそれ。涙も引っ込んだわ。
「ん…」
両頬を柔らかく包み込まれたまま、何度も触れるだけのキス。いつもみたいなねっとりたしたものではなく、俺をあやすような…そんな優しい口付け。
「もう泣くなよ」
「う、ん…」
「また明日な」
「…もう帰んの」
「プール行くんだろ?早く寝とけ」
明日は充と未乃莉を近くの市民プールに連れて行く約束をしている。
ひふみも暇だったら行く、と言っていた。暇だったらというのは朝起きられたら、という意味だ。低血圧だからなこいつ。
ちゅっと最後に額に口付け、部屋を出て行こうとするひふみ。その服の裾を咄嗟に掴む。
「…あの、俺…」
顔が熱い。ひふみのことを見ることができない。
だって、だって、こんな。
「俺、別に朝は苦手じゃないし、今もそんなに疲れてない…」
「…だから?」
「だから…」
だから。
「し、したい…」
「なにを?」
「っ」
「言わないと分かんない」
「…せ、せっくす、した…っい!?」
突然反転する視界。見慣れた天井と、にやにや笑いを浮かべるひふみの顔が頭上にある。押し倒されたのだ、と理解するのに数秒は要した。
「盛ってんなよ瑞貴ぃ」
「盛っ…」
「皆がいる家で俺とセックスしていいわけ?声我慢できないだろお前」
ぐりっと服の上から胸の飾りを捏ねられる。すぐに身体が熱を持ち始めるのが分かった。
「あ、いい、我慢できるからっ」
「一回しかしねえぞ」
「ん、うん、一回だけでいい…」
今すぐひふみのことを感じたい。小さな声で呟けば、乱暴に唇を奪われた。
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