▼ 01
「あっちぃ…」
ジリジリと照り付ける日差しに、何もしていなくても汗が滲み出てきた。夏ってこんなに暑かったっけか。肩にかけた鞄がぐっと重く感じられる。
それなのに、隣の男は大して汗もかかず涼しい顔のままだ。相変わらず爽やかさの欠片もない長めの髪は、見ているこちらの方が暑い。
「炭酸…炭酸が飲みたい」
「さっきも飲んだだろ。お茶か水にしろ」
「うるせえ。何を飲もうと俺の勝手だ」
お前は俺のかーちゃんか。だらだらと流れる汗を拭いながら、駅の隅に置かれた古い自販機に向かう。
「ソーダ…いやコーラ」
「…」
「コーラだなやっぱり…って何すんだ!」
ピッ。横から伸びてきた白い指がボタンを押した。出てくるのはただの水。
「ばか!何で金出してまで水買うんだよ!」
水なんかその辺の水道水で飲めるだろうが!
「いいから言うこと聞け。ガキかよ」
「いてっ」
軽く頭を叩かれて、俺はキッと鋭い目線を上に向ける。
真っ青な空。寂れた無人駅。ほんの少し離れていただけなのに、もう随分長い間見ていないような懐かしさがこみ上げてきた。
そして、不機嫌そうにこちらを見下ろすひふみの顔。
「…」
無意識に口元がゆるみそうになって慌てて視線を逸らす。くそ、俺は怒っているのに。
怒ってるのに、嬉しくてたまらないとか。なんだこれ。
ひふみが隣にいて嬉しい。一緒に帰って来れて嬉しい。こうして昔と同じようにまたこいつとここにいるなんて、夢のようだ。大袈裟ではなく本当に。
…いや、昔と同じ、ではないか。
「…にやけてんなよ。あほ」
「っ!!」
ちゅう。軽く唇を吸われて、ドサっと肩の荷物が落ちた。
「こっ、こんなとこで何すんだ!誰かに見られたら…っ」
「別に誰もいないし、ちゅーしてほしそうにしてたから」
「してねえ!!」
「うるさい。いいからもう行くぞ」
あ。自然と握られた手に火照る頬。男二人が仲良く手繋いで道を歩く姿なんて、見られたらやばい。
だけど、離す気にはなれない。
「…ひふみ」
「なに」
昔と同じ光景。昔と同じ景色。何も変わらないものの中で、ただひとつ違うもの。
「家の近くになったら、離せよ」
「分かってる」
俺とひふみの関係が幼馴染じゃなくなって、初めての夏がやってきた。
*
「ただいまー」
鍵のかかってない玄関を開け、少し大きな声を出す。間髪入れずどたどたと聞こえてくる騒音。
「兄ちゃん!」
「兄ちゃんおかえり!」
「おー」
そっか、こいつらも夏休みだもんな。駆け寄ってくる妹と弟たちを軽くあしらいつつ、居間に顔を出した。
「ただいま」
「おかえり、瑞貴」
いつものエプロン姿の母さんが俺の姿を見て微笑む。電話はよくしていたが、会うのは久しぶりで少々照れくさい。
「ふみくんと帰ってきたん?」
「うん。あとでうち来るっち」
「じゃあ大目に晩御飯作っとかないけんね」
いや、別にひふみはひふみで家族と食べるんじゃないだろうか。そう思ったが、まぁうちであいつがご飯を食べるっていうのも悪くないな、と黙る。
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