▼ 01
お前に触れられると嬉しい。キスされると気持ちがいい。名前を呼ばれたらドキドキする。
もっともっともっと。もっと欲しい。中途半端に与えられるだけじゃ、もう足りない。
どうせくれるなら、全部ちょうだい。お前のこと全部丸ごと、俺にくれよ。
「…」
「…」
「…何で黙ってんの」
「いや…なんか、何から話せばいいのか、分かんなくて」
ひふみの部屋、テーブルを挟んで向き合う男二人。
大事な話をしよう。そう言ったのは奴の方なのに、さっきからずっと黙ったまま視線を彷徨わせている。沈黙に耐え切れなくなってぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。
「あー…じゃあ俺が知りたいこと質問するから、お前はそれに答えろ」
「…ん」
「何も隠すなよ!?全部言えよ!?」
「分かってる」
こいつ、信用ならねぇからな…本当に本当に何もかも言わないと許さん。この期に及んで隠し事するようだったら、絶対一生許してなんかやらない。
「まず、この間のアレは何だ。急に帰るなんて言い出して」
「あー、えっと、それは…」
「言え!!!」
初っ端から口ごもるひふみを睨む。
「…電話、の、声が聞こえて」
「電話?」
あぁ、充と未乃莉の声か。めっちゃうるさかったから音が漏れてたんだろう。
「なんか…それ聞いてたら、瑞貴は、お兄ちゃんなんだなって実感して」
「はぁ?」
そんなん今更だろ。
大体、お前だってあの二人に懐かれてるじゃん。俺よりもひふみのほうがかっこいい、と未乃莉はとくにベタ惚れだ。
「んで、それがお前が帰る理由にどう関係するんだよ」
「瑞貴は…必要とされてるんだなって思ったっていうか…」
「なんだそれ…」
「…俺が、瑞貴の将来をぶち壊しちゃいけないって。お前の家族から、瑞貴のこと奪っちゃいけないって…」
「はぁ?俺の将来?」
ひふみが頷く。
さっぱり分からない。もうちょっと理解できるように要約して話してくれ。
「だから…っ!俺のしてることは、お前にとっては害にしかならないんだって」
「害って…何でそんなこと分かるんだよ」
「だって、俺とお前は…幼馴染で、っ、男だし」
「…まさかとは思うけど」
家を出たのも、それが理由とかあるわけないよな?
お前が何も言わないで離れていったのは、俺のためとかそんなこと言わないよな?
「…そうだよ」
「っふざけんな!」
「ふざけてなんかない」
思わず立ち上がろうとした俺の脚が当たって、テーブルがガチャンと大きな音を立てる。
奴はその音に驚くこともなく、じっとこちらを見据えたまま続けた。
「俺はずっと瑞貴のことそういう風にしか考えられなくて、でもおかしいってちゃんと分かってたし、苦しくて苦しくて仕方なかった」
「…ひふ、」
「だから、もう離れようと思った。離れれば忘れられるって。傍にいることが気持ちを増幅させてるなら、もう顔を見なきゃいいんだって」
「…」
「なのに、それなのにお前が、こんなとこまで追いかけてくるから…っ」
なぁ瑞貴、俺がお前に再会したとき、どれだけ嬉しかったか分かるか?
「不毛だって、報われることなんかないって頭では理解してたけど…止められなかった。でも同時に、何度も何度もこのままで良いはずがないって。馬鹿じゃんって囁く自分がいて」
「…もう、いい」
「最後までしたら、取り返しがつかなくなる。そうなる前にどうにかしなきゃいけないって、だから…」
「ひふみっ、もういい」
もういいよ。
もう、分かったから。
ひふみがいつも何も言わないのも。大事なことはいつだってはぐらかして、全て一人で決めてしまうのも。
「瑞貴…っ」
全部全部、俺のためなんだ。
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