▼ 03
「瑞貴は全部俺に任せて喘いでりゃいい」
「っ、喘ぐか!ばか!」
「どーだか」
「う、もう、やめろって…」
冷たい奴の唇が俺に触れる度、その温度差を自覚させられる。死にそうなくらい恥ずかしい。舌で俺の口を舐め、ふっと笑うひふみ。
「熱い」
「…お前が異常に冷たいんだよ」
「足して2で割ると丁度いいかもな」
ちゅ、ちゅ、と部屋にリップ音が響く。キスを重ねれば重ねるほど、二人の間の甘い雰囲気が増していく気がした。…なんだこれ。似合わねぇ。でも、気持ちいい。
「瑞貴」
「ん、ひふみ…」
ぼうっと霞がかる思考。このまま溶けてしまいたい、とさえ思う。
…俺、とうとう、こいつと。
「あ…」
Tシャツの裾から手が滑りこんできて、直に肌を撫でられる。声が漏れるのが嫌で、自分から口付けようとしたそのとき。
「っ」
テーブルの上に置かれた俺の携帯が、雰囲気をぶち壊しにした。この音楽は…実家からの着信を告げるものである。
「…」
さっき電話したばっかだろ…まだ何かあるのかよ…。
「…出れば?」
「おう…」
無視しようか否か迷っている俺に、ひふみは眼鏡の奥の瞳を伏せてそう促した。脱力した身体をずりずり引きずり、電話に出る。くそ。音が出ないようにしとけば良かった。
「もしも…」
『兄ちゃん!?兄ちゃぁぁぁぁん!?』
『聞こえとる?ねぇ聞こえとる?私にもかわって!』
耳をつんざくような声。思わず手に持った携帯をぶん投げそうになる衝動が湧き上がってきて、必死にそれを抑えた。
「うるっせぇぇぇぇ!」
鼓膜が破れるかと思ったわ!ふざけんな!
『兄ちゃん…!兄ちゃんの声や!』
『兄ちゃぁぁぁぁん!電話出るの遅い!!』
「一人ずつ話せ!あと声でかい!」
電話の相手はクソババア…もとい母親ではなく、弟と妹である。今年20歳になる俺とはだいぶ年が離れていて、二人ともまだ小学生だ。
『いつ帰ってくるん?おれ早く兄ちゃんとゲームしたい』
『GWっち大学ないやろ?休みやろ?』
「いや…休みやけど帰らんわ。金ねーし」
『なんでぇぇ!?』
『すぐ帰ってくるっち言ったやん!お土産は!?』
ぐすぐすと電話口で愚図られて眉をしかめる。…こいつら友達いねーのかよ。俺じゃなくて学校の奴とかと遊べよ。てかお土産目当てかよ。
「ごめんな充。ゲームは父さんとやって。あと未乃莉は…夏休み何か好きなお菓子とか買って帰ってやるから」
『お父さんゲーム下手やもん』
『えぇー…』
「兄ちゃん忙しいけん、また今度な。もうかけてくんなよ」
『兄ちゃ』
ブチッ。
あぁうるさいうるさい。実家に居たときも大概うるさかったが。よく毎日あの騒音に耐えられたな俺。二人そろえば鬱陶しさも二倍だ。俺が小学生の頃は、もう少し静かな子だったぞ。…多分。
「…あの、…ごめんなうるさくて…」
なんかもういろいろ台無しだ。
別に中断されて残念なんて思ってないけどさ、こっちだってそれなりの覚悟をもって臨んでいたわけであって…。
くるりと後ろを振り返って曖昧に笑えば、ひふみは何かを考え込むような表情をしていた。
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