▼ 03
怒ってると言いながら、理由も何も明かさずにそんな風に突き放されたら焦るだろ。俺にムカついてるんなら、ちゃんと言え。
「な、なぁひふみ…機嫌直せって」
「自分の行動を省みてみれば」
「あっ、さっきちゃんと返事せんかったから?」
メールを打っていたときの生返事が気に食わなかったんだろう。きっとそうに違いない。
「…一日一回はお前のことぶん殴りたくなるよ」
「えっ」
なんでそんなひどいこと言うんだ。一日一回って結構な頻度じゃないか。俺はひふみのこと大事だけど、ひふみはもしかしたら俺のことを嫌いなのかもしれない。
…だから、離れたいと。そう思ったんだろうか。
きゅっと唇を噛み締める。あれ、俺、なんか泣きそう。
「…瑞貴」
「…」
「瑞貴ってば」
「っもぉ!そんなに俺が嫌いやったら、どっか行けばいいやろぉ!?」
うわうわうわ。俺きっも。鼻にかかったような声でぐすぐす怒鳴れば、ひふみがはぁぁぁぁぁ、と長い長い溜息を吐いた。
「泣き虫」
「泣いとらんっ」
「…瑞貴の誠意次第では、許してやってもいいけど」
「誠意って、なんだよ」
「お風呂」
「は?」
お風呂?
「風呂、入るぞ」
*
田舎の大きな一軒家で育ってきた俺にとって、広いお風呂というのは割と当たり前な存在で。一人暮らしの部屋を決めるにあたり、バストイレ別、しかもバススペースはちょっと大きめ、という条件は必須だった。
そんな条件が、今はとてつもなく恨めしい。
「おい、もうちょっと向こう行けよ」
「仕方ないだろ。瑞貴と違って足が長いんだから」
くそ。お前が無駄に背が高いだけで、俺は標準的な身長なんだからな。短足じゃないし。
大きめと言えど、一人暮らしのアパートの湯船の大きさなんてたかが知れているようなもので、男が二人同時に浸かればそりゃあもう規格外ですよ。ぎゅうぎゅう詰めですよ。
できるだけ肌がくっつかないように体を縮こまらせて、端に寄る。そんな俺の努力を無視するかの如く、ひふみは悠々と足を伸ばした。
…何故こんなことに。
瑞貴が一緒にお風呂に入ってくれるなら、全部許してやるよ。
よく考えれば意味の分からない提案だが、さっきの俺は狂っていたのだろうか。ひふみの機嫌をなおしたい一心でそれを受け入れてしまったのだ。
少し動いただけでちゃぷちゃぷと揺れる水面。湯気が立ち込める空間。気がつけばそこで、俺とひふみは仲良く入浴している。
「…これで満足か」
こんなことの何が楽しいんだよ。俺はちっとも楽しくない。ムサいしサムい。
…っていうか、あぁもう。
裸になったことによりこの間の光景が脳裏に浮かんできて、ぶくぶくと顔をお湯の中に沈めた。こいつの指で、俺は二回もイかされたんだよな…。
あられもない声をあげて、その身体にしがみ付いて、腰を浮かして。思い出さないようにと意識すればするほど、あのときの快感が蘇ってくる。めっちゃくちゃ気持ち良かったし、ひふみの顔すげー色っぽかった…っじゃねぇ!違う!思い出すな!
「なぁに暴れてんだよ」
「さっ、触んな!」
「顔赤い。大方エロいことでも考えてたんだろうけど」
「そんなことしとらんわ!」
「満足か、って聞いたよな」
ちゃぷん。お湯が揺れる。
ひふみは背中を向ける俺の首に腕をかけ、そのまま思いっきり後ろに引き寄せた。必然的に奴の胸板が背中に当たる。肌同士が直接触れ合う感覚が何だかえろい。
「これだけで満足できるわけ、ないだろ?」
prev / next