シック・ラバー | ナノ


▼ 01

春休みはあっという間に過ぎ、とうとう入学式がやってきた。真新しいスーツに身を包んだ自分の姿はなんだか別人のようで、少しだけ大人になったような、そんな気分にさせてくれる。

大学の入学式なんて大したことなさそうだし、さっさと終わらせてマイホームに帰ろう。まだ片づけていない荷物が山積みだ。そう思った俺が間違いだった。

「…」

くっそつまんねぇ…。長々と続く学長の話、それからなんかよく分かんないお偉いさんの話にいい加減飽き飽きしてくる。結局、式と名の付くものは形式ばった退屈なものでしかないのか。しかも眠くなってきたし…。

こみ上げる欠伸を歯でかみ殺していると、隣に座っていた男と目が合った。苦笑いで話しかけられる。

「…眠いよな」
「めっちゃ眠い」
「大学の入学式なんて、すごい早く終わると思ってたんだけど」
「あ、俺もそう思ってたんだよ」

初めての会話に口調は自然と堅くなる。うおー、俺標準語喋ってる!なんかすげえ。

「名前なんていうの?」
「萩尾瑞貴」
「俺は鈴島ワタル。萩尾も教育学部だよな?」
「そうそう。浪人だけど」
「えっ、一個上なのか。見えねぇ」

どういう意味だそれは。喜んでいいのか否か迷う言葉に微妙な顔をしながら、その後もひそひそと雑談を続けた。



「あー疲れた」
「な。座りっぱなしで腰痛いし。そういえば萩尾はこのあと時間ある?」

もし暇なら昼飯でも食いに行こうぜ、と鈴島が言う。もともと俺は人見知りをする方ではないし、どうやら彼も同じタイプの人間のようで、この短時間にかなり打ち解けることができた。

「瑞貴」

いいな、それ。鈴島の提案に頷こうとしたとき、後ろから名前を呼ばれる。

「ん?…あ、ひふみ」
「もう終わったか。帰るぞ」
「なんでいんの?お前今日休みじゃなかったっけ?」
「なんでって、迎えにきた」

あれ、そんな約束なんかしてたっけか?首を傾げる俺に、鈴島が横から「知り合い?」と尋ねてきた。

「いや、幼馴染」
「そっか。じゃあまた昼ご飯はまた今度だな」
「えっなんかごめん」
「いいって。迎えに来てくれたんだろ?俺はこれから授業とかで毎日会うだろうし…今日はありがとう」
「いやこちらこそ。これからよろしくな!」

瑞貴、とひふみが急かす声がする。何だよ、折角できた友達なんだからそんな風に言わなくたっていいだろ。鈴島は気にした風でもなく、ひらひらと手を振って帰って行った。うん、あいつは良い奴だ。

「…今の誰」
「んー、何か式のとき隣に座ってた奴。めっちゃ気さくで話しやすかった」
「ふーん」
「っていうか俺、お前に迎えに来てなんて言ったっけ?」
「言ってないけど」
「じゃあなんで急かしたんだよ…」
「っていうかいきなり喋り方変えんな。すげー違和感」
「俺もめっちゃ違和感ある」

でもそんなの俺の勝手だろ。この間は田舎者って罵った癖に。それに、違和感と言えば俺だけじゃない。

「ひふみ、なんで今日眼鏡かけてねーの?」

名前を呼ばれて振り向いたとき、一瞬誰か分かんなかった。ひふみは小学校高学年ぐらいから視力を悪くして、それからずっと眼鏡っ子だったのに。ん?でもこの間会ったときも眼鏡だったよな。今日だけ違うのか?

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