シック・ラバー | ナノ


▼ 10

死にそうな顔も、この世の終わりみたいな顔も、二度とさせない。

「瑞貴くん」
「は、はいっ」

突然声をかけられて驚く俺に、おじさんはにこにこと人の好さそうな笑顔を浮かべる。

「ありがとう」
「……」

ありがとうだなんて、そんな。

「……俺も」

それを言わないといけないのは俺の方だ。

「俺も、ひふみがいてくれて救われたことがたくさんありました。ひふみが俺じゃないとダメだっていうように、俺だってひふみがいないとダメなんです」

ありがとう。そこにいてくれてありがとう。気付かせてくれてありがとう。こんな風に思えるのは、相手がひふみだからだ。

「幸せにします。俺が、絶対」
「……瑞貴」

ひふみの声で我に返った。

「あっ、いや、あの……今のはその」

やべ、俺、これじゃ「一人娘と結婚をさせてもらうために両親に挨拶に来た男」の台詞だ。違う。俺が言いたかったのはそういうんじゃなくて。

「うちの日富美のこと、お願いします」

慌てる俺に、おじさんとおばさんが揃って頭を下げた。

「……はい」

ああ駄目だ。泣くな俺。男だろ。

「ありがとう、ございます……」

泣きっぱなしの俺とは違い、ひふみは最後まで泣かなかった。

「……ありがとう。父さん、母さん」

その代わり、見たこともない顔をして笑っていた。

多分この顔がひふみの「子ども」の顔なのだろう。この二人の前でだけの特別な顔。俺じゃ引き出すことのできない顔。

それを悔しいと思うのは、少々欲張りが過ぎるだろうか。

「あ、でも一つ。私からお願い」

おばさんがふと気が付いたように言う。

「もっと小まめに帰って来てね」

――どうやら俺たちは、二人揃って相当な親不孝者だったみたいだ。



次の日、俺とひふみはそれぞれの家で一晩を過ごした後、飛行機に乗って二人のうちまで帰ってきた。

「はぁ……ようやく帰ってきた……」

家に帰り着くなり、ひふみがソファになだれ込む。二日連続の長距離移動はさすがに堪えたのだろう。俺もそうだ。身体のあちこちが痛い。

「早めに帰って来られて良かったな。明日仕事だし」
「それを言うなよ。行きたくない」
「はは、俺もいやだ」

ソファの脇に座り込んで、その髪にキスをした。ぴくりとひふみが反応する。

「……何」
「好きだよ」
「まじで何」
「愛してるって言ってほしいんだけど。昨日みたいに」

ひふみは両手で顔を覆って表情を見えなくした。

「……言わない」
「なんでだよ。言えよ」
「昨日ので俺のキャパ超えた。暫く休業」
「駄目」
「うっ」

ソファに寝そべるひふみの上に乗っかると、苦しそうな呻き声が上がる。顔を覆っている両手を無理矢理引きはがしたら睨まれた。

「重い」
「うるせぇもやしっ子が」
「つーかお前泣きすぎ。目腫れて超絶ブスなんだけど。それで明日仕事行くの」

ブスとは失礼な。

だけど、安心する。ひふみの軽口が俺は好きだ。

「泣かしたのお前だろ。あんなん泣くに決まってるし」

上半身を倒して、今度は頬にキスをする。

「嬉しかったよ。ありがとな」

そう言って笑うと、ひふみが物凄い勢いで身体を起こし、胸に顔を埋めるように抱き着いてきた。

「びっくりするわ。どした?」
「……」

ひふみは動かない。暫くそうしていると、すすり泣く声が聞こえてきた。

――やっぱりな。

「はは」

絶対、泣くと思った。泣くなら二人になったときだと思った。

「お前も泣いてんじゃん」
「うるさい……っ」

――俺、人生でこんなに幸せだったこと、ない。

ひふみが俺の胸に顔を埋めたままそう言った。

「我慢してた?」
「お前が泣いてる横で、俺まで泣けるわけないやろ……っ」
「何だその強がり。泣きたいなら泣けばいいのに」
「無理」

でも確かに、こんな風にお前が泣くのが俺の前でだけだったらいいと思う。

抱きしめて、これ以上ないってくらい抱きしめて、抱きつぶしてやりたいと思う。

「俺も」
「……なにがだよ……」
「俺も、こんなに幸せだったことない」

今までも幸せだったけど、今が一番幸せ。

そして絶対、これからも幸せ。

幸せの上限すら超えていく。尽きることのない幸せ。

「ずっと一緒にいるんだよ、俺たち」

ひふみといると、いつも幸せ。

「……瑞貴が俺の好きな奴で良かった」

俺が言う前に言うなよ。

「俺も」

俺も、お前のこと好きになって、本当に良かった。

end.

prev / next

[ topmokuji ]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -