▼ 08
だから、お前が一人でそんな風に頭を下げるのはおかしいだろ。
俺もお前も一人でいたわけじゃない。一人で勝手にこの想いを育ててきたわけじゃない。
伊達に二人で一緒にいたわけじゃない。
「ごめん」
ひふみの隣に並んで、床に手をついて、俺も頭を下げた。
「普通の結婚ができなくてごめん。普通に家庭を築けなくてごめん。孫の顔を見せてあげられなくてごめん」
でも、それよりももっと大事なものがある。
ひふみが俺の前からいなくなってしまったあの日から、俺がひふみを追いかけることは決まっていた。
ひふみと一緒にいたい。あのときから俺の願いは変わっていない。ずっと変わらない、俺だけの願いだ。
「ひふみじゃなきゃ駄目なんだ」
ひふみのいない人生なんて考えられない。
もう、そういう風になってしまった。
「……二人とも、顔を上げて」
そう言ったのは父さんだった。
言う通りにゆっくり顔を上げると、真っ先に目に入ったのは泣いている未乃莉の顔だった。
「うっ、う、兄ちゃ……っ」
「うぅ……っ」
よく見ると、その隣にいる母さんまで泣いている。
「……正直なところを言うと」
そんな二人にティッシュの箱を差し出しながら、父さんが話を続けた。
「知っとった、というか……なんとなくわかってはいた。でもこうしてはっきりと宣言されて、理解が追いつかない部分も勿論ある」
「……すみません」
ひふみが謝罪の言葉を口にしたのは反射だろう。そんなひふみに、父さんは「謝ることじゃない」と言う。
「頭ごなしに否定するつもりはないよ。やっぱり少し複雑だというだけで」
そりゃそうだ。息子が久々に帰ってきたかと思えば、子どものころから一緒だった幼馴染みをつれて「俺はこいつが好きです」といわば結婚宣言を聞かされたようなものだ。薄々気付いていたとは言っていたが、頭の中だけの推測と、実際にそれが現実となって目の前に立ち現れてくるのとじゃ全く違う。
「二人が本気なのはきちんと伝わったから。だから」
――だから。
「もっと帰ってきて、ちゃんと顔を見せなさい」
あ、という声とともにまた一つ涙が零れた。
「瑞貴」
ひふみが俺を呼ぶ。
「俺、帰ってきて、いいの……っ」
そう。そうだ。認めてもらえるとは思っていないなどと言いながら、本当は認めてほしくてたまらなかった。
幸せなはずなのに、これ以上なんてないはずなのに。これ以上を望んではいけないと蓋をした。
仕事だなんだと言い訳をつくって、帰る回数も段々減って、一年やそこら会わないことが普通になった。
それは、後ろめたいという気持ちが俺の中にあったから。
結婚もできない。家庭もつくれない。孫の顔を見せてあげられない。
気にしていないと言い聞かせていた。仕方がないと。
でも本当は、それが枷になっていた。
「帰ってきて欲しくないなんて、俺も母さんも一度も思ったことはないよ」
そして、両親はそんな俺の気持ちをわかっていた。
「……未乃莉ちゃん」
静かに泣く俺の横で、ひふみが同じく泣いている未乃莉に話しかける。
「ありがとう。本当に」
「え……?」
「未乃莉ちゃんがいなかったら、俺も瑞貴も今ここにいなかった」
未乃莉の泣き声がまた大きくなる。
「わ、わたしこそ、ひどいこと言ったのに、いろいろ」
「ううん。ひどいことなんかじゃない。全部本当のことだったよ」
そうだ。未乃莉は最初から、俺とひふみにきちんと向き合おうとしてくれた。一人で飛行機に乗って、一人で俺たちのとこまでやってきて、本当のことを確かめようとしてくれだ。
未乃莉の言葉が、俺たちの背中を押してくれたのだ。
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