シック・ラバー | ナノ


▼ 07

そして俺は今、未乃莉とひふみと並んで横に座っている。テーブルを挟んだ正面には両親。数日前は俺とひふみが未乃莉にこんな風に向き合っていたっけか。

「……まず、ふみくん」
「は、はい」

口火を切ったのは母さんだった。呼ばれたひふみが背筋をぴんと伸ばして返事をする。

「未乃莉がご迷惑をかけました。ごめんなさい。ありがとう。ほら未乃莉、あんたもお礼言いなさい」
「ありがとうございました。ごめんなさい、ふみくん」
「いえ……俺は別に特別なことはしてませんし、未乃莉ちゃんにも久しぶりに会えて楽しかったですから」

ひふみの声に緊張の色が滲んでいることは、俺だけでなくここにいる全員に伝わっていることだろう。

その緊張がどんどんどんどんこっちにまで伝わって来て、何だか心臓が妙な速度で脈打ち始める。

「ひふみくん、未乃莉がすまなかった。一週間近くも迷惑をかけて」

父さんが頭を下げるのをひふみが慌てて制す。

「いえあの、本当に迷惑なことなんて一つもなくて……。三人で出掛けたり、いろんな話をしたり……楽しい時間を過ごさせてもらいました」

三人で出掛けたり、いろんな話をしたり。

確かにそうだ。確かに、楽しかった。

三人で食べた夕食も、わざわざ休日に買いに出かけたなんだかよくわからないカラフルなスイーツも。

俺たちを想って泣いてくれた未乃莉のことも、俺はこの先一生忘れない。

「……」

ええい、ひるむな。俺。

自分から言い出したことなんだから、ひふみに先に言わせようとするな。俺が一番最初に伝えなくちゃ。

膝に置いた両手で拳を握り口を開こうとすると、テーブルの下でその手を握られた。顔を向けると、ひふみは真っ直ぐ前を見据えたまま話を続けた。

「今日はもう一つ、言わなくちゃならないことがあってここに来ました」

ひふみの一言で、向かいに座る全員の顔にぴんと張った糸みたいな表情が浮かぶ。

俺もそのうちの一人だった。

「ひふみ、やっぱり俺が」
「いい。俺が言う。俺が言わなきゃ駄目なんだ」

俺の手を握るひふみの手は珍しく汗をかいていた。

「おじさんも、おばさんも、未乃莉ちゃんも、もうきっと皆が気が付いていたことだと思います」

いつも冷たいこの手が、今はこんなにも熱い。

俺のために、だ。

「俺は」

すう、と隣で息を吸い込む音がした。

「俺は、この世でたった一人、瑞貴が一番大事です」

――俺もだよ、と言いたかったのに、言おうとしたのに、言えなかった。

「瑞貴とじゃなきゃ、これから先の人生を想像もできないんです。人生どころか、明日のことすら」

喉がぎゅっと詰まって、鼻の奥がつんとする。

知っている。これは泣きたいときの、泣く寸前の。

「もっと早くに言うべきだったと言われれば、きっとそうです。でも、怖くて言えなかった。本当に謝らなくちゃいけないのは、俺の方です。すみませんでした」

まさか。そう思ったときにはもう遅かった。

ひふみは俺の手を離して座り直すと、その場に手をついて頭を深々と下げる。

「瑞貴を、愛しています」

とうとう堪え切れずに嗚咽が溢れた。

「ばかやろう……っ!!」

愛してる、なんて普段めったに言ってくれねぇくせに、なんでみんなの前なんかで言っちゃうんだよ。もったいないだろうが。

「バカ、お前、本当バカ」

怖いって言ってただろ。さっきまであんなに青い顔してただろ。怖いなら怖いって言えよ。無理すんなよ。俺の手、ずっと握ってろよ。

「俺だって、お前のこと愛してるよ……っ」

こいつは、俺が追いかけなきゃ本当に終わらせるつもりだった。終わらせることができた。

無理矢理こじ開けたのは俺だ。

追いかけて、引っ張り出して、無理矢理俺のものにした。

ひふみが必死になって誤魔化そうとしたものを、俺が強引に暴いたのだ。

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