▼ 06
こんな形になってしまったけれど、ひふみは本当に良かったのだろうか。嫌々ついてきたりしていないだろうか。
こいつはいつも、自分の言いたいことを言わないから。
「変な顔」
ひふみが俺を見てそう言った。人が折角殊勝な気持ちになっているときに。
「お前なぁ」
「大丈夫。ちょっと急やったけど、ちゃんとしないといけないっていうのは常に頭にあったことだから」
「……ちゃんと?」
「ちゃんと瑞貴といるための権利が欲しいなって」
ひふみの手が、顔に触れている俺の手の上に重なる。
「権利って、そんなもん俺がいいよって言えば」
「それだけじゃ駄目だってお前だって気付いてたくせに」
――そうだよ。知ってるよ。俺も同じことを考えていたから。
ずっと一緒にいるためには、互いの合意があれば十分だと思っていた。俺はひふみが好きで、ひふみも俺が好きで、それが確かならば、問題なんて何一つないと。
でも、違った。
俺は男で、ひふみも男で、ただの幼馴染では通用しなくなってしまった。
少し前まで誰もが納得できた理由ですら、通用しなくなってしまう。それくらい長い時間、俺たちは一緒にいる。
「俺、いつの間にか欲張りになってる。最初は瑞貴がいればそれで良かったのに」
最初はってことは、今は違う。
今は、俺の気持ちだけじゃ足りない。ひふみの言う意味は勿論わかる。
俺だってそうだ。ひふみの気持ちだけじゃ足りない。
だって、二人しかいないから。
ひふみの気持ちを知っているのは俺だけで、俺の気持ちを知っているのはひふみだけだ。俺がいなくなったらどうする?ひふみがいなくなったらどうする?
この思いを、時間を、誰にも見せないままにしておくのは怖いんだ。
「認められるとは思ってない。でも、言わなきゃいけない。お前の家族よりもお前と長くいるつもりなんだから、ちゃんと」
「じゃあ俺にも言わせろよ」
「俺はいいけど、瑞貴はそれで怖くないの」
「怖いに決まっとるやろ」
だけど、ひふみとの時間が消えてしまうほうがもっと怖い。
「わかった」
「あ、おい」
ひふみが頷いて、握っていた俺の手で自分の頬を叩いた。べちんと大きな音がする。今のは痛い。何してんだこいつ。いや大体わかるけど。
「何してんだよ」
「気合い入れた。痛い」
「はは、バカだ」
「何とでも言え」
ふ、とひふみが笑う顔が妙に寂しそうで、胸が苦しくなった。
俺は絶対にこいつを一人になんかしない。嫌だって言っても離さない。逃げたって追いかけてやる。
「……あー……のさ、ひふみ」
「何」
「俺、超お前のこと好きだから」
ひふみが一瞬固まる。
「……急に何言ってんの?バカかよ」
「なんか今言っとかないとダメかなって」
なんとなく。
「……俺も言わないとダメなやつ?」
「へたれのふみくんに言えんの?ここで?」
煽る様な口調になってしまったが、決してそんなつもりはない。純粋に無理だろうなと思っただけだ。別に無理をして言ってほしいわけじゃないし。言わなくてもわかってるし。
だが、ひふみはムッと顔を顰めて不満そうな顔をした。
「言えるし」
「ふうん?」
「好きだアホ瑞貴」
「アホは余計だっつの。キレんなよ」
おかしくなって笑っていると、ポケットの中のスマホが小さく震えた。多分未乃莉だ。取り出して画面を見ると、予想通りカラフルな絵文字とともに「入ってきていいよ」というメッセージが送られてきていた。
「未乃莉から連絡きた。行くか」
「……うん」
立ち上がって軽くお尻をはたき、玄関のドアに手をかけた。
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