シック・ラバー | ナノ


▼ 04

頭が真っ白なままの俺に代わり、ひふみが口を開く。

「未乃莉ちゃん、瑞貴は」
「ふみくんも……っなんで怒らんの?嫌にならんと?」
「怒るって……」
「私がふみくんだったら嫌だ。誰にも言わんで、隠れるみたいにひっそり暮らして、ずっと一緒にとか無理に決まっとる……!」
「未乃莉ちゃん、聞いて」

ぎゅ、と掴まれた手に力がこもる。

「祝われるような関係じゃないって、俺も瑞貴もわかってる。未乃莉ちゃんが言うこともわかる」
「だったら!」
「……幸せなんだ。今が一番」

ひふみがそう言った瞬間、未乃莉の顔が一層歪んだ。

「う……っ」

わぁわぁと声をあげて泣く未乃莉の姿に俺まで泣きそうになって、ひふみの顔を見る。

「……お兄ちゃんやろ」

ひふみはたった一言、そう言った。

どうして未乃莉がこんな風に泣くのか、どうしてひふみがこんなに冷静なのか、理解がちっとも追いつかない。

でも、今やるべきことだけはわかる。

「未乃莉」

腕を伸ばしてきつくその身体を抱きしめると、未乃莉は泣きながら俺の背中にしがみついてくる。

「ごめん。ごめんな」

もう随分大きくなったはずなのに、幼い頃に戻ったみたいだ。未乃莉は泣き虫で、よく泣いて、こうして抱きしめてやったっけ。

――大きくなったなぁ。ほんと、何年ぶりだっけ。



「ごめん……」
「ごめんなさい……」

兄妹揃って散々泣いた後そう言うと、ひふみはおかしそうに小さく笑った。

「いーえ。落ち着きましたか二人とも」
「はい……」
「おかげさまで……」
「これ、ココアいれたから飲んで」

目の前に置かれたマグカップを手に取り一口飲むと、染み込むような温かさにまた涙腺が緩みそうになった。

「やっぱ兄妹やな。泣き顔超似てた」
「えっ、やだ」
「おい嫌がんなよそこで!」

――それから、ようやく未乃莉の話を聞いた。

東京の大学に行きたい、と打ち明けた未乃莉に、母はあまり良い反応を示さなかったという。

「なんで。兄ちゃんは東京におっていいのに、私は駄目なん?」
「兄ちゃんは一人じゃなかったから」
「やったら私も一人じゃない。兄ちゃんもふみくんもおるもん。なんだったら一緒に暮らし……」
「駄目!」

思いもしなかった大声に驚いていると、母さんも自分自身の声にはっと口を噤んだ。

「……あの子らの邪魔したら、いけん」
「……どういう意味?」
「……」
「私がおったら兄ちゃんとふみくんの邪魔になるって……それって、まるで」

まるで。

「……確かめてくる」
「え?」
「確かに兄ちゃんとふみくんは結婚もせんでずっと一緒におるけど、絶対違う。私が確かめてくる」
「未乃莉、待ちなさい」
「待たない!!」

掴まれた腕を振り払い、未乃莉は言った。

「勝手に想像して、勝手に腫れ物にさわるみたいにして、そんなん兄ちゃんたちに失礼やん!!」

――そして、今に至る。

そうか、だから母さんは俺に電話してきたのか。なんであのとき、何も言わなかったんだろう。いつもずけずけした物言いの癖に、肝心のときには変な気を回しやがって。

「……そうかぁ……気付かれてたかぁ……」

ぽつりと呟いた一言は、思いの外情けない声になってしまった。

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