▼ 03
仮にも教師だし、進路とかなら多少は相談に乗ってやれるんだけど。
ひふみの言うように、もし未乃莉が彼氏のことで悩んでいるとしたら、迂闊に触れてはいけない問題な気がする。だから母さんも俺には言わなかったのかもしれないし。
でもなぁ……未乃莉がこっちにきて五日は経っている。さすがにそろそろまずいんじゃ。けど俺真面目な話するのとかすっげぇ苦手だし、いつ切り出せばいいんだ?
「……」
悶々と悩む俺の手の甲を、ひふみの指がこつんとつつく。
「……なに」
「帰るか」
「もう?」
「話、したいんだろ?」
したいけど。
「大丈夫。俺もいるから。話し辛かったら俺に振れよ」
「……ごめん」
「何が」
「お前まで巻き込んで。今日も休日一日潰れたし。付き合ってくれてありがとうな」
「何を今更。俺と瑞貴の仲だろ……とか、言えば良い?」
「アホ」
そんな冗談、普段は絶対言わないくせに。
「未乃莉ちゃん、他に見たいところある?」
「ううん。大丈夫」
「じゃあそろそろ帰ろうか。晩御飯は何がいい?瑞貴が何でもつくってくれるって」
おい。
「……お前ハンバーグ好きやろ」
俺の顔を見て、未乃莉は何かを察したらしい。
「……うん。楽しみにしとくね、兄ちゃん」
そんな顔で笑うなよ、とは言えなかった。
*
「……」
「……」
「……」
デ、デジャヴ。デジャヴだこれ。
俺と、ひふみと、その向かいに未乃莉。じっと沈黙の中で向き合っている。
「あ、あのな、未乃莉」
「……うん」
「怒ってるわけやなくて、俺もそろそろ話を聞きたいなっち思って」
「うん」
初日はついうっかり怒鳴ってしまいそうになったけれど、冷静になってみればわかる。
「回りくどいのは嫌いやけ、単刀直入に聞く。どうして俺のとこに来た?」
ひふみだって言ってたじゃないか。
俺にしか話せないことがあるから、だからこいつはこうしてこんな遠くまでやってきたんだ。
だったら俺にできるのは、俺にしか話せないというその話を聞いてやることだ。
「……兄ちゃんはさ」
「うん」
「結婚、せんの?」
「え」
――結婚?
思わぬ単語に一瞬思考が停止する。だが答えはすぐに出た。
「……お前が言うのが世間一般で言うところの結婚のことやとしたら、せん」
結婚は、考えられない。
だって俺にはもう、大事な人がいるから。こいつじゃなきゃダメだって、他の奴じゃ嫌なんだって、そう思える相手が。
「世間一般で言うところじゃない結婚っち何?」
「それは」
「瑞貴」
テーブルの下で、ひふみが俺の手を握った。それで気が付いた。
「……っう、うう……」
――未乃莉が、泣いている。
「なんで?なんで隠すん?」
「みの、」
「なんで何も言ってくれんの?」
ぼろぼろと瞳から涙を零しながら、未乃莉は俺を見た。
「気付かんわけないやん、一緒におるとこ見て、わかるやろ普通……っ」
一緒に、おるとこ。
誰と誰が?
そんなの、俺とひふみが、に決まってる。
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