▼ おまけ
「スイちゃんはいいお嫁さんになるなぁ」
「ふふ、ありがとうございます」
「よく見るとうちの家内に似ている気も…」
「本当ですか?嬉しい」
…何故だ。
「あ、こっちも味見どうぞ」
「ありがとう」
何故自分の父親と恋人がいちゃついているんだ。何故俺はそれを一人虚しく眺めていなければならないんだ。
「ちょっと父さん!俺のスイちゃんにべたべたしないで!」
「べたべたなんかしてないぞ」
「スイちゃんも!なんで父さんにあーんしてあげてんの!?」
「え…だって味見してもらわなきゃいけないし…」
「そんなの俺がするよ!いいから離れて!」
ぐいぐいと間に入り込んで邪魔をする。…いやいや違う。邪魔しているのは父さんの方であって、俺じゃない。俺は邪魔者なんかじゃない。
「いい?父さん、よーく見といてね。スイちゃんは俺のなの。邪魔者はどっか行って」
そう言ってスイちゃんの唇を塞いだ。
「んん、ちょ…っ依く、やめ…」
「いっつも嫌がらないじゃん。キス好きでしょ」
「い、今は…いや…」
恥ずかしそうに目を伏せる彼に、ぷちんと何かが切れる感覚がした。きっと堪忍袋の緒ってやつだ。
「こら依人、スイちゃんの嫌がることをするんじゃない」
ちょっとちょっとちょっと!何二人で分かり合っちゃってんの!?はぁ!?俺が間違ってるわけ!?
「ひどい!ひどいよスイちゃん!俺と言うものがありながら…っ!」
「よ、依くん?」
「俺の方がいやだよ!」
スイちゃんの一番は俺じゃなきゃ駄目だ。いや一番とかじゃなくて、俺が唯一じゃなきゃ駄目だ。
「俺以外の男と接触禁止」
「無理だよう、そんなの」
「無理じゃない」
「どうしたの急に」
「スイちゃんの好きな人は俺でしょ」
「そ、そうだけど」
「だったらそんな風に可愛い顔みせちゃだ…むぐっ」
ぷんぷん怒っていると、突然口に何かを放り込まれた。口内に広がる香りと味。
「…肉じゃが?」
「おいしい?」
「う、うん…おいしい」
「良かった」
優しい笑みを浮かべたスイちゃんが、さらに俺の目の前に一冊のノートを差し出す。
表紙には何も書かれていない。少し古いノートのようだった。
「なに?これ」
「依くんのお母さんが書いたレシピが詰まってるノート」
「えっ」
「おじさんが俺にくれるって」
そんなものがあったのか。ちっとも知らなかった。そもそも母親がつくってくれた料理の記憶なんて、俺には残っていないんだけど。あぁだから父さんに味見させていたのか。
「これ見て練習して、立派な花嫁になるからね」
「スイちゃん…」
「待っててね」
きゅん、と胸が切なくなる。先程まで怒っていた気持ちがあっという間に溶けてなくなってしまった。
代わりに押し寄せてくるのは、スイちゃんが愛しいという気持ち。
「はぁ…もう、スイちゃん好きだ…」
「ふふ」
いい匂いのする髪に鼻を埋め、首筋に軽くキスをする。こんなにも俺のことを思ってくれる人は、きっとスイちゃんしかいない。
スイちゃん。俺のスイちゃん。好きだ。すごくすごく、好きだ。
「…依くん」
スカートの中に手を滑らせ、柔らかい桃尻を掴んだ。はぁ、気持ちいい…俺この尻大好き。
「なぁにスイちゃん…いっ…!!」
「いい加減にしてっ!まだ料理の途中なの!」
背中の皮をつねられた。
「いったい!いたい!ごめんなさいもう触りません!」
「人が見てるとこでは触らない!」
「はい!」
頬を膨らませ、大きな瞳をつり上がらせているスイちゃん。あぁ、怒った顔も可愛い…。
しかしそう口に出したらふざけないでと怒られるのが目に見えているので、渋々もとの椅子に座りなおす。
キッチンに戻る彼の後姿を眺め、父さんがしみじみと呟いた。
「…あぁいうところも、母さんに似てるなぁ」
「…やらないからね」
「馬鹿、そんなことするか」
スイちゃんは俺のものなんだから。
何度繰り返したか分からないその台詞を口にしながら、俺は口内に残る料理の味とともに、文字通り幸せを噛み締めたのだった。
end.
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