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「それ、いい加減捨てなよ」
薬指につけた指輪――あの夜にもらった、紙でできた指輪だ――を見て、依くんが気まり悪そうな表情を浮かべる。
学校ではつけないようにとか、水に濡らさないようにとか、大事に大事にしてきたつもりだけど…こればかりは仕方ない。時間とともにくたくたに擦り切れてしまっていたそれは、確かに傍から見るとおかしいのかもしれない。
「捨てないよ」
「えー…ちぎれたらどうすんの」
「部屋に飾る」
「やめてください」
「宝物だもん」
薬指を撫でながら笑うと、彼はますます嫌そうな顔をした。
「恥ずかしくていたたまれなくなるから、俺の前ではつけないでよ」
「やだ」
「うう…」
「ふふ」
音を立ててベッドに伏せる彼の横に腰を下ろせば、くるくるとその指が俺の髪を弄る。最近思いきってボブくらいに切ろうかなと思ったけれど、こうして触られるのが好きだからやめた。
「ごめん本当にそんなおもちゃよりもちゃちな指輪で…いたっ」
ぺちりと軽くおでこを叩く。
「ちゃちとか言わない!大事なのは紙とか金属とかそういうことじゃなくて、依くんが俺にくれたものってところなんだから」
「でも」
「本当に本当に嬉しかったんだよ。これを見る度に幸せになれるの」
もう一度擦り切れたその指輪を見た。わざわざ折り紙を買ってきて、はさみで切って、のりで貼って…なんてところを想像すると、余計に愛しくてたまらなくなる。
依くんは指輪を見上げ、うう、と小さく呻いた。
「…いつか絶対本物買ってやる…!」
「ほんと?」
「ダイヤとかついてるやつ。びっくりするくらい大きいの」
別に、ダイヤとか宝石とか…そういうのはついてなくていいんだけど。
依くんがくれるものはなんでも嬉しい。全てが宝物になる。特別じゃなくてもいい。高価だとか、綺麗だとか、そういう一般的な付加価値はいらない。
「楽しみにしてるね」
「ちょービッグな男になるから、待ってて」
「うん」
彼の想像する未来には、ちゃんと俺がいるんだ。そのことに気がついて胸がいっぱいになった。
「依くん」
「ん」
少し身をかがめてキスをする。
「ふ…っ」
髪に絡んでいた指でそっと背中をなぞられ、びくりと体が跳ねた。
「く、くすぐったい」
「スイちゃん背中弱いよね」
「あはっ、あ、ちょっと、ふふっ、やめてってば!」
「んーかわい」
ベッドの上でじゃれ合っていると、ふと枕の下に何か見慣れぬ物体があるのを発見する。
「…なに、これ?」
「あ゛っ…それは…!」
疑問に思って手を伸ばした瞬間、依くんがはっと気がついて慌てだした。しかしもう遅い。
「秘密遊戯〜年上巨乳と濃密セックス〜…?」
「…隠すの忘れてたー…」
あちゃあ、と小さく呟き顔を両手で覆う依くん。無論言うまでもなく俺が今読み上げたのはAVのタイトルであり、俺の手の中にあるのはAVのパッケージである。
「いや、あのね、これは俺じゃなくてカイがおススメだって言うからね、昨日ちょーっと見ただけなんですよ」
「…」
「スイちゃーん、ご、ごめんね…?」
この女優は好みじゃないとかスイちゃんが一番だとか、必死に弁解の言葉が聞こえるがそんなことはどうでもいい。重要なのはこれがこの場所にあるということで。
つまり、依くんは昨日このAVで抜いたのだ。好みじゃない女性だとしても、依くんはそこにおっぱいがあればなんだっていいのだ。
「…あてつけだ…!わ、私じゃ、物足りないんだ…やっぱりおっぱいが一番なんだ…!」
「ちがう!ちがうから!おっぱいは好きだけど!スイちゃんの貧乳も好きだし!」
「貧乳って言わないでよ!」
「いってぇぇぇ!」
バチン、といい音がする。
「待って!待ってスイちゃん!誤解なの!帰んないで!」
「うるさいっ」
「スイちゃん!ほんと勘弁してください!AVは見逃してください!」
「こんなの捨ててやる!」
「あっそんな…!もったいない…」
どうやら俺は、これからも彼にやきもきさせられる羽目になるらしい。
おっぱいなんて、巨乳なんて、大嫌いだ!
end?
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