▼ 06
だけど…きっと俺がこんな容貌でなければ、依くんがこちらを見ることは無かったというのも事実で。
十代の年齢の差というものは非常に大きなもので、ましてやそれが弟の同級生ともなればなおさらである。依くんは「弟の友達」であり、俺は依くんにとって「友達の姉」でしかなかったはずだ。
そんな互いの認識に変化が訪れたのは、彼の視線に気がついたのは、いつだったか。
「弟の友達」から注がれるその視線は、ほんのりと色づいた桜のような、そんな些細なものだったと思う。
焦がれていたわけでもない。熱い愛が込められていたわけでもない。けれど、その優しい色はじんわりと染み込むように俺の心に溶けていったのだ。
くすぐったくて、あったかくて、とても嬉しかった。
彼が好きになったのは「女の子」で、それだけが間違いで、だからその間違いを塗りつぶすために嘘を吐いた。逃げ道を塞いだ。
それでもいいと依くんは言ってくれたけど、俺のしたことが最低であることには変わりない。その結果がこれなのである。回り回って自分の元にその嘘が返ってきているのである。因果応報、というやつだろうか。
…嘘なんか、つかなきゃよかった。男だよって最初に打ち明けていれば、依くんは俺を恋愛の対象として見ることはなかったんだ。
自分でも鬱陶しいと思う程ネガティブな方向へ落ちて行く思考を打ち切って、ふと時計に視線を移す。
「…あ、今日ゼミの飲み会だから。帰り、遅くなると思う」
「分かった」
出かける支度をするために立ち上がった。飲み会はここから数駅ほど離れた居酒屋で行うことになっているので、そろそろ家を出なければ間に合わないだろう。
皆でお酒を飲むのは割と好きだ。どちらかと言えば強い方だし、ほろ酔い気分でおしゃべりをするのはすごく心地がいい。だけど、こんな気持ちじゃ今日は楽しめそうにない。
必然的に重くなる足取りを無視して、俺は家を後にした。
*
そろそろお開きだな、という時間になり店の外に出る。ひんやりとした空気が、酒で火照った体をいい具合に冷やしてくれる。
「今日、ずっと辛気臭い顔してた。どうしたの?」
やっぱり全然楽しめなかったな、と反省しているとふと声をかけられた。
「…ゆっこ…」
ゼミの皆は勿論俺が男であることを知っているので、飲みの席でも普段の生活でもそこら辺は気を遣う必要がない。
気を遣う必要がないくらい仲が良いということは、つまり感情の機微も察知されてしまうということでもある。折角の楽しい雰囲気を壊すまいとして取り繕っていた表情も、簡単に見破られてしまった。
「自分ではニコニコしてたつもりなんだけど」
「全然。いつものきゃぴきゃぴきらきら感がない」
「きゃぴきゃぴきらきらって…」
「だってスイは女子力の塊じゃん。女の私よりずっと女の子らしいし」
「…俺の女子力なんて、付け焼刃だし…」
所詮は紛い物だ。本物の女の子に敵うはずがない。
「もー!どうしたの!」
分かりやすく落ち込んでいると、慰めるように抱きしめられた。俺は女性に興味がないので、彼女とはこうして「女の友情」を築くことが出来ている。
「ほらほら悩みがあるなら話してみ?楽になるよ」
「悩みっていうか…自己嫌悪に陥ってる」
「なんでまた」
抱きしめられたまま頭を撫でられ、その温かさに思わず視界がぼやけた。
「わ、よしよし泣くな泣くな」
「ゆっこぉ…なんでみんな俺にそんな優しいの…?」
「えぇ?そうかなぁ?」
そうだよ。皆がこうして当たり前に接してくれることが、どれだけすごいことか。
「おれ、おれ、このままでいいって勘違いしちゃう…」
変わらなくていいと。自分の好きな自分でいていいと。そんなわけないのに。俺は男なのに。こんな恰好していること自体がおかしいのに。
ぐすぐすと嗚咽を漏らしながらそう言うと、ゆっこは俺の額を軽く叩く。
「私たちが優しいんじゃなくて、それが普通のことだからだよ」
「ふつう、って」
「男の子でも女の子でも、私はスイの友達だったと思う。性別なんか関係ないよ。嫌な奴なら友達でいたくないし、良い奴なら友達でいたい。スイは良い奴だから友達。良い奴に優しくしたいって思うのは普通のことでしょ」
「…俺、良い奴なんかじゃ…」
嘘吐きだし。最低だし。
「良い奴か嫌な奴かは主観で決めるもんじゃないの。周りが決めるもんなの」
あぁもう折角の可愛い顔が台無しよ、とティッシュで涙を拭われた。俺はそんな彼女にもう一度抱き着く。
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