▼ 05
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分かっては、いた。それを覚悟して告白したつもりだった。でも、あんな風に言われて食い下がれる程の覚悟は、自分にはまだ無かったのだということを思い知らされた。
彼の父親の複雑そうな表情が、目に焼き付いていて離れない。
…普通は、そうだよね。簡単に受け入れられるはずがないよね。
おかしいのは間違いなく俺の方で、自分の嗜好に無理矢理彼を引きこんで、それで幸せなどとどうしてそんな馬鹿げたことを言えたんだろう。
…男所帯だから、女の子に執着する、か。
彼が母親を幼い頃に亡くしていることは知っていた。でも、その結果があの女たらしっぷりであるとはどうにも結びついたことがなく、あぁなるほどと思わず納得してしまったのである。
自分が本当に女の子だったら、と今ほど強く願ったことはない。俺が女の子なら、きっと何の問題もなかった。
朝起きたら女の子になってました、なんてそんなファンタジーなことが起きやしないかと本気で考えている自分がいて、少し笑える。
依くんも、きっと女の子の方がいい。柔らかくて繊細で、嘘偽りのない女の子が。俺みたいに外見だけを真似たような、上辺だけの女の子じゃなくて。
「はぁ…」
暫く会わない方がいいと言ったのは、そういうことをきちんと考えるための時間がきちんと互いに必要なのかもしれないと思ったからだ。
今ならばまだ、引き返せる。依くんはまだ高校生だし、俺だってまだ大学生だし、若気の至りが通用する年齢だ。
そりゃあ別れることになったら辛いけれど、忘れられないというわけではない。きっと。時間というものが解決してくれる問題を、俺はちゃんと知っている。
「はー…」
しかしどうしてか、そう思い込もうとすればするほど、口から漏れるのは溜息ばかりなのである。
「溜息ばっかつくなよ鬱陶しい」
「…こんなときくらい優しくしてよ」
いつにも増して冷たい弟に、俺はめそめそと情けない声を上げた。
「なに、依人と喧嘩でもしたわけ」
「…」
「図星か?」
「喧嘩じゃ、ない」
「そういえば依人も最近変なんだよ」
「変って…」
どんな風に変なの。
「可愛い女の子を見かけても見向きもしない。やらしい話を一切しない」
「…そーなんだ」
それは、俺のせいなのかな。だったらいいのに、と期待する。
「挙句の果てに政治家になるとか言い出すし」
「政治家?なんで?」
「なんかごちゃごちゃ言ってたけどうるさかったから聞いてない」
「そこが一番大事でしょ!なんで聞いてないの!」
「気になるんなら直接聞けばいいだろ」
「…」
それが出来ないからこうして聞いてるんじゃないの。押し黙る俺に、カイはちょっとだけからかうような声色になった。
「え、まじで喧嘩した?別れの危機?」
「うるさいっ」
「お前ら馬鹿みたいにいちゃついてたくせに案外終わるの早かったな」
「まだ終わってないもん!」
あくまで現時点では、ではあるけれど。
「まだ、ってことはこれから終わる可能性が大ってことか」
「…」
「…なんだよ。何とか言えば」
「…カイ、俺ってやっぱ変かなぁ」
変だなんて聞くまでも無いかもしれない。普通でないことは確かだ。
レースのついた服。長い髪。キラキラしたアクセサリー。当たり前になったメイク。可愛いと言われることが嬉しくて、愛されることが嬉しくて、勘違いしていたんだ。
気持ち悪いと蔑まれることが無かったのも、いじめられることが無かったのも、たまたまだ。運が良かっただけなのだ。周りの人に恵まれすぎていたのだ。
「今更だろ。スイが変なのは昔からだし」
「じゃあ、俺って気持ち悪い?」
はぁ、と息を吐く音が聞こえた。
「俺が気持ち悪いって言ったらどうすんの?そんなことねーよって言ってほしいの?」
「…ううん」
「ならくだらないこと聞くな」
「ごめん」
「言っとくけど、依人はお前のこと気持ち悪いとか思うような奴じゃねぇよ」
「それは分かってる」
分かってる。そうじゃなきゃこんなに好きになってない。
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