▼ 04
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「だから!俺とスイちゃんは恋人同士なの!」
「それは分かった。でもだからと言って性交渉をしていいという理由にはならない」
「セックスくらい普通でしょ。父さんは頭が固いんだよ」
「お前なぁ…もしスイちゃんが妊娠したらどう責任をとるんだ?お前はまだ子どもなんだぞ」
「ないない。ありえない」
「依人!真面目に聞きなさい!」
スイちゃん男だから妊娠しないし。
がみがみと長ったらしい説教を受ける俺。歴代の彼女とお付き合いしていたときに何度かこうして怒られたのでもう慣れっこだ。
「あの…すみません…私も悪いんです…」
「いやこいつはもう前科がたくさんで!何度言っても聞かないんですよ!」
前科、とスイちゃんが呟く。あぁぁ父さん余計なこと言わないで!あとでお仕置きくらうのは俺なんだから!
「男所帯だから女性に執着する気持ちも分からなくはないが…天国の母さんが泣くぞ!」
「人に言えないような付き合いなんてしてない。俺は本気でスイちゃんが好きなの」
「本気なら尚更清い交際をすべきだ」
「あの…何度もすみません…」
スイちゃんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「わた…お、俺、男です…」
「スイちゃん!」
「いいの。別にそこまでして隠してるわけじゃないし…仲良い友達とか…大学でも、知ってる人の方が多いし…」
「でも」
俺はいい。スイちゃんのことを性別抜きで好きなんだから。でも他の人は違う。
現に今、父さんは意味が分からないという風に口をぽかんと開けている。
「え…ちょっと待って、スイちゃんが男…?」
「ごめんなさい。俺、こ、こういう格好とか、昔から好きで…気持ち悪いかもしれないんですけど」
「スイちゃんは気持ち悪くなんかないよ!」
「依くんは黙ってて」
聞いたことのないような剣のある声で制止され、素直に押し黙ることしかできない。
「受け入れられなくて当然です。今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
ぱさり、とスイちゃんの長い髪が流れる。自分に向かって頭を下げる彼の様子を見て、父さんはますます分からないと首を捻った。
「…男。君が、男」
「はい。うちの家族に確かめてもらっても構いません」
「いや、いい」
スイちゃんがテーブルの下で俺の手を握る。はっとして顔を上げるも、その瞳がこちらを向くことはなく、ただ綺麗な横顔が目に映るだけだった。
「大事な息子さんに手を出してしまったこと、お詫び申し上げます」
「…」
「本当にごめんなさい」
「…すまない。少し、考える時間をくれないか」
「はい」
えっ。それってどういうこと。
状況がうまく飲み込めないままでいると、スイちゃんが手を離して立ち上がる。そして再び深々と頭を下げ、お邪魔しましたと言った。その後を急いで追いかける。
「スイちゃん、帰るの…?」
「うん。ごめんね、依くん」
「ごめんってどういう意味で、」
何だか嫌な予感がして伸ばした腕をするりとかわされてしまった。いつもの可愛い笑顔を浮かべた彼が、何でもない事のようにこう言い放った。
「暫く会わないようにしよう」
「え!?」
「じゃあ、俺もう行くね。お父さんとちゃんとお話しなきゃ駄目だよ」
「スイちゃん!待ってよ俺全然分かんないんだって…!」
やだやだ行かないで。そんな思いも虚しく、玄関がパタリと閉まる。
「暫く会わないように…って、なんだよ…」
そんな、別れる寸前のカップルみたいな台詞、どうして。
少し前まであんなにラブラブだったのに。俺はスイちゃんが好きで、スイちゃんも俺が好きで、だから何にも問題は無いはずなのに…どうしてこうなるの?
…もしかしてこれ、かなりやばい状況なんじゃ…。
一人とり残された俺は、不自然に伸ばした腕をそのままにして、だらだらと冷や汗を流すことしかできなかったのだった。
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