▼ めぇはら
「お帰りなさいませ。外は寒かったでしょう」
「あぁ、それよりいいものを買ってきた」
ご家族で初詣に出かけられていた坊ちゃんが、帰ってくるなり私に言いました。手に持っていた袋から嬉しそうに何かを取り出します。
「…」
「早くつけてみろ」
そう言いながら取り出した物体を私の頭につけました。うんうんと満足そうに頷いています。
「可愛いだろう。出店で見かけてつい衝動買いしてしまった。お前に似合うと思ってな」
「神聖な神社で邪なことを考えないでください!」
頭にはめたカチューシャは、羊のあの渦巻き状の角を模したものでした。今年の干支にちなんだおめでたいグッズでしょう。しかし彼が純粋な気持ちでこんなものを買うはずがありません。
私は数時間前、つまり大晦日の夜に坊ちゃんが口にした言葉を思い出します。
――新年一発目のセックスは、にゃはらではなくめぇはらでいってみようか。
「あっ、勝手に外すんじゃない。折角買って来たのに」
光のような速度でカチューシャを取り外しました。そのまま床に投げ捨ててしまおうかと思いましたが、おめでたいグッズをそんな風に扱うことはためらわれたので止めておきました。
「貴方が考えてらっしゃる通りのことなんか絶対にしませんからね。おかしな期待をするのはやめてください」
「えぇ…」
「残念そうな顔しても駄目です!大の男が羊のカチューシャをつけてめぇめぇ言ってたらおかしいでしょう!」
「猫がいいなら羊もいいだろう。にゃーにゃーもめぇめぇもそんなに変わらないじゃないか」
「変わります!」
正直どちらもどうかと思いますが。
「やらずに後悔するよりもやって後悔する方がマシだってお前はいつも僕に言うだろ。純粋な高校生の夢を潰すつもりか」
「純粋な高校生はそんなプレイを要求しません」
「まぁまぁ。まぁまぁ。いいから僕の部屋に行こう」
「離してください!!まだ私は仕事が残って…」
「僕の身体を温める仕事を優先しろ」
「いやです!!いやだー!!」
坊ちゃんは私の腕を掴み、ずるずると引っ張ります。その顔にはとても楽しそうな笑顔が浮かんでいて、不覚にも見惚れてしまったのでした。
*
「んぁ、あ、んんっ、ふ…」
部屋に着くなりベッドの上に押し倒され、噛みつくようなキスが降ってきます。
唇をくっ付けるだけのキスも、舌を絡め合うキスも、もう数えきれない程繰り返しているはずなのに、いつまで経っても私の胸は不自然なくらい高鳴ってしまうのです。
彼はあっという間にふにゃふにゃになった私の頭に、再びカチューシャをつけました。
「さぁ、存分に鳴け」
「どうしてそこまで羊にこだわるんですか…」
「大の男が羊のカチューシャをつけてめぇめぇ言うなんて、アンバランスで興奮するだろう」
「じゃあ貴方がやればいいでしょう!!」
「お前がやるから可愛いんだ」
「そんなことは…んんっ」
突然膝で股間を刺激され、全身がぶるりと震えます。
「僕のお願い、聞いてくれないのか?」
「う…」
彼の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えました。(言っていることは全く綺麗ではありませんが)綺麗すぎるその瞳に恥ずかしくなってしまいます。きっと坊ちゃんは自分がどれだけ美しい顔をしているか分かっていないのです。そして、私がどれだけ彼のその表情に弱いかも。
「…ちょ、ちょっとだけなら…」
「よし分かったじゃあ続きをするぞ」
「ん…ッ、あ、ぁ」
鮮やかな手つきで肌蹴させられたシャツ。その隙間から差し込まれた指が敏感な胸の粒を押し潰します。かと思えばぎゅうと摘み上げられ、痛みで自然と顔がゆがみました。
「い…っ、痛いですってば…!」
「…牛乳とかが出ればいいのにな」
それは牛です。
「んっ、うぁ、あっ、あ…や、ひぁ!」
熱い舌が胸を這う感触にたまらず声を上げると、彼は不満げな表情で違うと言います。
「もっと羊らしく」
「…っとに、貴方、頭おかしいんじゃないですか…」
「さっきちょっとだけならいいと言ったのはお前だろう」
言わなければ良かった。
今更後悔しても時すでに遅しです。私はぎゅっと目を閉じて、震える声を喉から絞り出しました。
「め…っ、め、め、めぇ…」
「…」
「…何か反応を示していただかないと死にたくなるので止めてください」
「…うん」
「うん、ではなく!」
「想像以上に可愛かった」
「…」
彼の頬がほんのりと紅色に染まっているのはきっと気のせいではありません。もうドン引きです。何故こんな茶番ともいえるやり取りにときめくことができるのでしょう。意味が分かりません。理解できません。
「そんな目で見るな。興奮する」
「…」
「黙ってちゃ何も分からないぞ」
「では申し上げます。そこを退いてくださいこの異常性癖野郎」
「やめろ出る」
「何がですか」
「僕の牛乳が」
「出荷しますよ!!」
この人の趣味に本気で付き合っていたら、身体がいくつあっても足りないのではないでしょうか。私は長い長い溜息を吐き言いました。
「…普通のエッチじゃ、駄目ですか?」
ごくり。坊ちゃんが生唾を飲み込むのが見えます。
「いいに決まってる」
よし。心の中でガッツポーズをしている間に、するすると下半身の衣服を剥ぎ取られてしまいました。露わになった臀部を彼の手のひらがいやらしく撫でまわします。
「ん…っ」
「昨日もしたから、まだ柔らかいままだな」
「そんなの、自分じゃ分かりませんよぉ…」
「指、入れるぞ」
ぬぷりと音を立てて指を差し込まれ、シーツを強く握りしめました。中が熱いせいか、彼の指が少しだけ冷たく感じられます。
「ふ、ぁっ、あぁっ、う…ぁあっん」
「…熱い」
同じことを考えていたらしく、坊ちゃんはおかしそうに呟きました。恥ずかしくなって視線を逸らします。なんだかからかわれているみたいです。
「伊原」
「んんぁっ、は…ッ、ひぁ、あ!」
「ここ?」
腹の裏側にある敏感な部分を探り当てられて、勝手に腰がガクガク震えました。
「いやぁっ、あ…!や、や、やだぁぁっ!!」
「いや、なんて言うな」
「だって、だって…んはぁ…っ!」
そんな風に触られたら、すぐに達してしまう。
触れてもいない性器からは一気に透明な液体が流れ出し、下腹部をしとどに濡らしていきました。
「やぁぁ…っ、ちが…あぁぁっ!だめ、そこ、やです…!」
「我慢してくれ。早くお前の中に入りたいんだよ」
「う…っあ、ぁ…」
今この状況で、その台詞はずるい。
早く欲しいと思っているのは、貴方だけじゃないのに。
「…も、もぉ、いいですから、あ…っ」
「いいというのは、どういう意味だ」
どういう意味かなんて言わなくても分かっているはずでしょう。
潤んだ目で彼の顔を睨みます。快感に震える私を満足そうに見下ろしながら、彼はゆっくりと焦らすように指を抜きました。
「欲しいなら欲しいと言え。お前のお願いを聞いてやったんだから、今度は僕のお願いも聞いてくれたっていいだろう」
お願いを聞いていたのはむしろ私の方だと思うのですが。全くどこまでも自分に都合のいいようにしか解釈しない人です。
そして、そんな坊ちゃんに逆らえない私も私で馬鹿なのかもしれません。
「…っ、い、入れてくださ…ひあぁぁっ!!」
言い終わる前に熱い塊を打ち込まれます。予想以上の衝撃に胸を反らして喘ぐと、頭についていたカチューシャがベッドに擦れてぽろりと取れてしまいました。
「あぁ、折角、可愛かった、のに」
「んうっ、あっ、はぁっ、ん!ちょ…っ、いきなり、突かな…で、くださいっ」
ベッドが激しく軋む音がします。ぐちゅんぐちゅんと遠慮なく中を掻き回されて、もう訳が分からなくなってしまいそうです。
「まぁ、普段のお前も、十分可愛いが…なっ」
「ひ――――ッ!!」
坊ちゃんはただひたすらにはしたない声を上げる私を突然抱え上げ、自分の上に座らせました。必然的に彼のモノが更に奥深くまで入ってきます。
「あぁあっ、う、んんんッ!あっ!あっ!坊ちゃ、んっ!」
「めぇっ、て、言ってみろ」
「んぁあっ、あ、め、めぇっ、や…っあ!め…ッ」
達してしまいそうになるのを我慢して、必死になって縋り付きます。声を押さえるため目の前にあった首筋に唇を押し当てると、彼の口から熱い吐息が漏れました。
「はぁ…っ、最高だな、本当に…」
「んむっ、う…や、んんっ、だめ、もっと、ゆっくりしてくらさい…ッ!!」
「あぁっ可愛い。どうしてお前はそんなに可愛いんだ。何をしても可愛いぞ」
「い、く、いくぅ…っ、そんなしたら、いっちゃうぅ…」
ぴくぴく震えて泣く私を抱きしめ、坊ちゃんが囁きます。
「いいぞ。今日はもうどこにも出かけないからな。思う存分イきなさい」
「ひうっ、あ、あ、んんんっ!んっ!あぁぁっ!あっ!」
――その後も散々鳴かされた結果、私が再び正気を取り戻したのは、次の日の朝でした。
「伊原さん、新年早々お疲れ様です」
「ここは私がやっておきますから、他の仕事を」
「…はぁ…すみません…」
新年早々全くあの我侭坊は…!!
一年の始まりをあんな形で迎えてしまったことは、私の大きな失態です。また一年間好き勝手に振り回される構図が目に浮かびます。今年こそは人の身体をいたわるということをあのお子様にしっかりと…。
「うう…っ、痛…」
痛む腰を押さえながら仕事をする私に、屋敷の全員が生暖かい眼差しを向けていたことは言うまでもありません。
end.
*
名無しさんリクで、「無理やりめぇはらごっこして望興奮→伊原ドン引きからの普通の甘エッチ」でした。
めぇはら難しかったです…でも楽しかった…めぇめぇ鳴く男に果たして皆さんがちゃんと萌えを見いだしてくれるかどうか…。
大分遅めの新年ネタも挟んでみました。西園寺パパママや他の屋敷のメイドたちもこの先ちゃんと書いてみたいなぁ、と思います。
素敵なリクエストをありがとうございました!楽しんでいただけますように!
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