エゴイスティックマスター | ナノ


▼ どっちもどっちです

「死ぬ…僕はもう死ぬんだ…」
「馬鹿なことを仰ってないで、いいから大人しくしていてください」

全くちょっと風邪をひいたくらいで大袈裟なお方です。

ぐすぐすとみっともなく泣く彼をなだめ、そっとおでこに手を触れました。確かにいつもよりも熱く感じられます。

「タオルや水枕を持って参りますので、その間熱を測っていてくださいね」
「僕を置いて行くのか!」
「すぐに戻ってきますから」
「その間に僕が死んだらどうする」

無視しましょう。いちいち構っていたらキリがありません。

テキパキと看病の準備を済ませ再び部屋に戻ると、坊ちゃんはベッドの中でうんうんと唸っていました。

「何度でしたか?」
「38度5分…」
「思ったより高いですね。何か食べてから薬を飲みましょう」
「いらない」
「きちんと栄養を摂らないと治りませんよ」
「お前が食べさせてくれるなら食べてやってもいい」

いつにも増して我侭度がアップしています。鬱陶しいことこの上ありません。しかしここで突き放してしまうと後々面倒くさいことになることでしょう。仕方なく頷きました。

「じゃあケーキが食べたい」
「おかゆで良いですね」
「ケーキ」
「おかゆで」
「ケーキ…」
「あまり我侭を言うとネギで首を絞めますよ」
「SMプレイか?」

無視しましょう。

食事の用意をするために部屋を出ようとすると、坊ちゃんはベッドの中から腕を伸ばし、私のスーツを引っ張ります。そしてほんのりと紅く染まった顔で言いました。

「伊原、どこに行く」
「おかゆを用意してきます」
「1分で戻ってこい」
「無理ですよ」
「…じゃあ僕もついて行く」
「駄目です。寝ていてください」
「…」

ぶう、と彼の両頬が拗ねたように膨らみます。正直可愛くもなんともありません。

「坊ちゃん」
「…」
「坊ちゃん、離してください」
「こっちに来い。命令だ」
「全く何だって言うんですか…」

大きな溜息を吐きながらベッドの淵に腰掛けました。するとすぐに坊ちゃんが腰に抱き着いてきます。

「もっと甘やかせ」
「もう十分甘やかしていると思うのですが」
「その100倍」

100倍。甘すぎです。糖尿病で即入院です。

「伊原、伊原」

彼は掠れた声で何度も何度も私の名前を呼びました。熱のせいで気持ちが不安定になっているのでしょうか。まるで幼少期に戻ったかのようです。

小さい頃の坊ちゃんは体調を崩したとき、私の姿が見えなくなっただけで不安になってぐずっていらっしゃいました。

どこに行くんだ伊原。僕を一人にするな。さびしい。そう言っては必死に小さな手で縋り付いてくる彼が、私は可愛くて仕方ありませんでした。

「大丈夫ですよ。私は貴方のお傍から決して離れはしません」

坊ちゃんには、こんなときに傍にいてくれる存在がいなかったのです。私がこの屋敷に来るまで、ずっとこの広いお部屋で一人で眠っていたのです。

「貴方の隣が、私の居場所なのですから」

そっと指で彼の髪を撫でます。寝癖だらけでぐしゃぐしゃです。でもどんなにだらしがない姿であったとしても、私は彼が愛おしくてたまりません。

髪の毛一本、毛先までも。私の特別。私の全て。愛おしくなかったことなど一度もないのです。

「伊原」
「はい」

坊ちゃんが少し身を離し、こちらを見つめてきました。これもやはり熱のせいなのでしょうか。いつもより愁いを帯びた美しい瞳に縫いとめられ、自然と唇が重なりました。

ちょっとカサカサしています。ぺろりと彼の乾燥した唇を舐めると、坊ちゃんは嬉しそうに目を細めました。まずい、と呟く声が聞こえます。

「…風邪がうつってしまうな」

何を今更。思わずふふふと笑ってしまいました。

「平気です。私はこう見えて結構頑丈なんですよ」
「お前に風邪がうつったら、僕が看病してやる」
「宜しくお願いします」
「…それはうつるようなことをしても良いということか?」

ガバリ。彼がすごい勢いで起き上がります。死ぬ死ぬと騒いでいた人の動きではありません。

「それは駄目です。貴方は病人ですから、安静にしていただかないと」
「もう治った」
「そんな赤い顔で何を仰るのです。さぁほら早く戻って」

うううう、と唸り声が聞こえました。唸っても駄目です。

「おかゆ食べさせてあげますから」
「セックスの方がいい」
「不能になればいいのに」
「なんてこと言うんだ!」

無理矢理彼の身体を布団の中に押し戻し、なだめるために額にキスをします。

「大人しく良い子でいると誓うなら、添い寝して差し上げますよ」
「良い子にする」

即答です。単純すぎます。

「早くしろ、伊原」
「全く、我侭なお方ですね」
「お前がいないと僕は死ぬんだからな」

でもまぁ、一番単純なのは…彼が素直に甘える相手が私しかいない、という事実を喜ばしく感じている自分自身なのかもしれません。

「伊原、キス」
「はい坊ちゃん」

唇から伝わる熱。彼がここに居るという証に、私はどうしようもなく安心するのです。

end.

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