▼ にゃはら
なんということでしょう。私は絶望しました。
「…こっ、これは…」
朝起きると、何故か私の身体には獣のような三角形の耳と、長いしっぽが生えていたのです。
とりあえず鏡で自分の姿を確認してみます。この耳と尻尾の形には見覚えがありました。
「猫…?」
そう。猫。猫です。一体どうしてこんなファンタジーな出来事が。
しかしいつまでもこんな風に鏡と睨めっこしているわけにはいきませんから、いつものようにスーツに着替え(尻尾のところには泣く泣くハサミを入れました)、坊ちゃんのお部屋へ向かいます。
「坊ちゃん、朝ですよ」
「ん…あと5時間…」
「時間の単位を間違えてらっしゃいます」
5分ならまだしも5時間とは。
彼は相変わらずお寝坊さんです。私はベッドの膨らみに近づき、軽くその身体を揺さぶりました。
「坊ちゃん、起きてくださいにゃ」
…ん?今、何だかおかしなことを言ってしまったような気がするのですが。
「なんだその可愛い語尾は!!もう一度言いなさ…」
物凄い勢いで起き上がった坊ちゃんが、私の姿を見て目を剥きました。美しいお顔が台無しです。
「…伊原、それはなんだ」
「私にもよく分からないのです。朝起きたらこんな姿に」
「ふむ」
まじまじと私の耳や尻尾を見つめ、何やら考え込んでいるご様子。かと思えばいきなりそれに触れてきました。
「んにゃっ」
「…」
彼の指が尻尾を突いた瞬間、まるで猫のような鳴き声が口から飛び出します。私は慌てて手で口を覆い隠しました。
坊ちゃんは楽しい楽しい玩具を見つけたような顔をします。危険だ、と頭の中で警鐘が鳴り響きましたが、時すでに遅しです。
「折角だから、楽しませてもらおうじゃないか」
「ん…っ」
「おいで、伊原」
猫のようなその耳をすりすりと撫でられ、全身の力が抜けていきました。無意識のうちに彼の胸に擦り寄ります。ベッドが軋む音がしました。
「本当に猫みたいだな」
変です。彼の匂いを嗅ぐと、何だか胸がきゅうっと切なくなって、ドキドキして、うっとりしてしまいます。ふうふうと荒い息を零す私に、坊ちゃんは興奮したようなギラギラした目を向けました。
「どうした、そんなにはぁはぁ言って」
「わか、りません…っでも、なんか、身体…熱い…」
「いやらしい顔をしているぞ」
「坊ちゃ…んっ」
ちゅ、ちゅ、と頬や鎖骨にキスをしながら、坊ちゃんは私のスーツを脱がしにかかります。いつもならばやめてと抵抗するところですが、力が入らないのでどうにもできません。されるがままです。
シャツ一枚にされてしまった私は、坊ちゃんのパジャマに顔を埋め、鼻いっぱいに空気を吸い込みます。彼の香りが嗅覚はおろかそれ以外の五感を絶妙に刺激し、何故だかぼろぼろと涙が溢れてきました。
「坊ちゃん、坊ちゃん…私、おかしくなってしまいました」
「伊原…泣いているのか?」
「貴方の匂いを嗅ぐだけで、熱くて苦しくて仕方ないのです」
彼は手を止め、ぐすぐす泣く私の涙を拭います。そして少し考えてからこう言いました。
「分かった。発情期だ」
「…はっ、発情ですか…」
「猫だからな」
猫だからな、ではありません。そんなあっさりと簡単に片づけてしまえる問題ではないでしょう。私にとってこれは由々しき事態です。
「戻らなかったら、どうしよう…」
こんな不安定な気持ちのままでは、仕事なんて到底不可能です。できっこありません。それでクビになんかなったりしたら、私はもう坊ちゃんの傍に居られない。
今度は悲しみの涙を零す私に、彼は大丈夫だよとキスをしてくださいました。
「そうなったら、僕がお前を飼ってあげるから」
「ほ、本当ですか…」
「だから安心して発情しなさい」
何が安心してなのかはいまいち分かりませんでしたが、彼の言葉にほっと肩の力が抜けていきます。そう。私は今、猫なのですから、執事じゃなくなってもペットとしてお傍にいることが出来るのです。
なんだかとても嬉しくなって、彼に一層ぴったりと密着します。すりすりとその硬い胸に頬擦りすると、坊ちゃんはううううと呻きました。
「待て。発情していいというのは撤回する」
「何故ですか」
「お前のあまりの可愛さに、ペニスが爆発しそうだ」
「それは大変です」
すっかり勃ち上がってしまっている彼のモノ。それを取り出し、ベッドの上で四つん這いになってちろちろと舐めました。まるで本当の猫になったような気分です。
「うっ、ざらざらする」
「いひゃいれすか?」
「気持ちいい」
美しい手が、私の頭をいい子いい子と撫でてくれます。褒められているのが嬉しくて、一生懸命に目の前のおちんちんに奉仕しました。
「んっ、ぷ、ぁ…ちゅっ、んん」
「はぁはぁ伊原、そんなに僕のモノを美味しそうに…」
「ふぁ、あ、私…これ、好きです…いつも気持ちよくしてくれるから…」
「うっ…なんだ急に素直になって…ずるいぞ!」
「だって、だって…に゛ゃっ!?」
ぐっと強く尻尾を握り締められ、悲鳴を上げます。びりびりした電流のような感覚…そう、これは、快感です。
「にゃっ、ぁっ、ぼ、坊ちゃん、やめて…そこはだめです、んにゃあっ!」
「尻尾が性感帯になっているのか…面白い」
ちっとも面白くありません。
瞬く間にふにゃふにゃになってしまった私に追い打ちをかけるようにして、彼は尻尾の前をぺろりと舐め、あろうことかそのまま私のお尻の中に挿入しました。
「やぁぁっ!な、なにを…ッふぁ、しっぽ、あぁぁっあっ、や、やめ…っ!」
「僕の指だと思えばいい。自分で慣らしてご覧」
「む、むりぃ、むりですこんな…っあぁ、あっんん、にゃっあ、あぁ…おしり、しっぽ、はいってる…っ」
入れられているのに入れているような、そんな訳の分からない快感。ぶるぶる震えながらシーツの上でのたうつ私を、彼は舌なめずりをしながら楽しそうに見つめます。
「ほら、自分で動かして。ちょっと引き抜いてみろ」
言われた通りに尻尾に力を入れ、少しだけ外に引っ張りました。ガクガクと腰が勝手に跳ねます。
「ふ、にゃあ…っあ、あ、やら、ん、く…ッひあぁぁ!あっ、あ、しっぽ、やらぁ…」
「嫌じゃない。言うことを聞きなさい」
「やらぁ、へん、へんになっちゃいます、あうう、んっあ、ふぅ、にゃあぁぁっ」
「じゃあ次はもう一回奥まで入れて」
「あぁぁぁっ!あっ!あううっ!」
ぐちゅぐちゅにとろけた穴の中を尻尾が出入りする度、目の前が真っ白になりました。
気持ちいい。気持ちいい。もっともっともっと。もうそれしか考えられません。
「きゃ、ううっ、んっはぁ…!あぁっあっや…!や、きちゃう、きちゃうう…しっぽ、きちゃいます…ッ」
気がつけば私は、坊ちゃんの指示がなくとも自分で尻尾を動かし、イイトコロをぐりぐりと弄り回していました。ペニスからは触れてもいないのに透明な蜜が滴っています。
はぁはぁと身をくねらせながら醜態を晒す私。坊ちゃんがごくりと唾を飲み込んだのが分かりました。
「く…っ!いたいけな高校生には刺激が強すぎる…!」
自分から要求したくせに何を仰っているのでしょう。
「ぼっちゃ、あ、ぼっちゃん…」
「っ伊原…」
「ふあっ」
尻尾を抜き取り、くたくたになった身体を何とか起こします。そして彼に向かってお尻を突き出すような姿勢をとりました。恥ずかしいことは分かっています。でももう限界なのです。
「おねがいです、欲しい、坊ちゃんのおちんちん、欲しいです…しっぽじゃ、足りない…」
「うっ…」
「いれてください、も…っおねがい、おねがいします…望さまぁ…」
泣きながら訴えかけると、坊ちゃんは珍しくそのお顔を真っ赤にしました。そしてあわあわとたどたどしい動作で、私の腰を掴みます。
「お前がいやらしすぎて一瞬意識が飛びかけたぞ…」
「あ、あ、あ…だって、だって、あぁっ入れて、おちんちん入れてぇ…っ」
「…ビバ発情期…!!」
彼はそんな訳の分からないことを言いながら、一気に挿入してきました。
「ふにゃぁぁぁぁ…ッ!」
待ちに待った圧倒的な質量に、全身が悦びます。背中が限界まで反り、高い高い嬌声が喉から絞り出されました。ぱたぱたとシーツに白濁が飛び散ります。
「ひうっあっ、にゃあんっんっあ、あぁっ!」
「伊原…可愛いぞ伊原…ッところてんか?」
「あっあっあっ、ぼっちゃ、もっと奥、突いてぇぇぇっ…!」
「あぁ、いつもこうならいいのに…っはぁ、う、きつい」
冗談じゃありません。発情期なんか、発情期なんか、くそくらえです。あぁでも気持ちいい。
「にゃあぁっあっん、う…ふぁ、きもち、い…っあ!坊ちゃん、坊ちゃん…っ!」
「にゃあにゃあ鳴いて…ふふ、伊原…まるで交尾をしているようだな」
「こうび…っきもちいです、んっあぁぁっ、は、ふ、う…」
お尻だけを高く上げた体制で激しく揺さぶられ、ギシギシとベッドが悲鳴を上げました。それでもあとからあとから湧き出てくる衝動は留まることを知らず、貪欲にこの快楽を貪ろうとします。
「ひあっあっ、しっぽ、だめです…っ握っちゃやぁ…!んんん…ッ!」
「さっき自分で動かして、この穴の中を弄り回してたじゃないか」
「やぁっ、言わないで…んあぁぁっ!あっあぁぁ!」
「あっ、締まる…」
恥ずかしい。恥ずかしいのに、死にそうなほど気持ちがいい。ぐちゅぐちゅと尻尾をまるで性器のように扱かれ、私のお尻は中のモノを強く強く締めつけました。坊ちゃんが低く呻きます。
「だめだ、伊原…ッ、もう、でる…」
「あ、あぁあっ、あ…、ふぁ、あぁんっ…!ちょうらい、んんっ…えっちな私に、種付けしてくらさい…っ!」
「どこでそんな言葉を…っあ、いく…!」
「にゃあぁぁっ、あっ、あっ、あついぃっ!」
びゅるびゅると最奥に精子を叩きつけられる感覚に、私もまた絶頂を迎えました。
「はぁ…はぁ…伊原…お前、エロすぎるぞ…」
坊ちゃんの汗が背中に落ちてくるのが分かります。シーツはもういろいろな液体でぐしょぐしょになっていました。
「坊ちゃん…もっとぉ…」
「えっ」
「たりにゃいれす…もっともっと、伊原におちんぽミルクくらさい…」
「えっえっえっ」
「んんっふぁ、んにゃっ…あぁっう、んん…」
再び腰を揺すり始める私を見て、彼が小さく呟きます。
これは伊原ではない…にゃはらだ…と。
実にくだらない、と思いました。
*
「はっ!!!」
私は大声を上げて飛び起きました。
恐る恐る自分の頭とお尻を確認してみます。…耳も尻尾も生えていません。
「良かった、夢だった…」
なんて悪趣味な夢でしょう。人間が猫になるなどありえません。ましてやあんなはしたないことを、私が口にするはずがありません。
全く勘弁してほしいものです。行き場のない怒りを抱きながらふと横を見て、私は青ざめました。
…何故坊ちゃんが隣に?
「にゃはら…可愛いぞ…僕のにゃはら…」
「!!!!!」
彼の寝言を聞いてさらに血の気が引きます。まさか。そんな。あの一連の出来事は夢ではなかったと、そう仰るんですか坊ちゃん。
「坊ちゃん!坊ちゃん!起きてください!」
「んぁ…?なんだ…まだ欲しいのか…?いいぞぉ…」
「この絶倫男!違います!大変なんです!」
「いたっ」
寝ぼけている彼の頬を抓り、無理矢理起こしました。渋々といった様子で目を開ける坊ちゃん。
「なんだ…まだ怖いのか?」
「え?怖い?」
「お前が怖い夢を見たから添い寝してくれと僕のところに来たんだろ…全く伊原は僕がいないと駄目なんだから」
「そ、そうでしたっけ…?」
さっぱり記憶がありません。
「はぁ、折角いい夢を見ていたのに…」
「…まさか私が猫になる夢じゃありませんよね」
「え?どうして分かったんだ?」
「あの、た、た、た…種付けしてください、とか、お、おおおちんぽミ…ルクとか…っ私は言ってませんから!忘れてくださいね!」
坊ちゃんが目を見開きました。まさか、と呟きます。
「…お前も同じ夢を見ていたのか。ならば話は早い」
「えっ、ちょ、ちょっと!何ですか急に!」
「正夢にしよう。幸いまだ起きるには早い時間だしな。さぁ発情なさい」
「無理ですよ!何をおっしゃっているんですか!あっ、やだ、やだ、坊ちゃん、やめ…」
「にゃはら。ぼくの可愛いにゃはら。たっぷり楽しもうな」
「あぁもう!起こすんじゃなかった…っ!」
結局原因は分かりませんでした。ただ一つ言えるのは、もう二度とあんな夢は見たくないということだけでした。
end.
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